久志高等学校
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久志高等学校は、久志出身の教育者である小原國芳によって東京都町田市に創設された学校法人玉川学園玉川大学の附属高等学校として1948年(昭和23年)に設立された。小原は久志高等学校の設立の経緯として「玉川教育(1963年版)」にて以下のように語っている。 人間、誰でもが故郷が恋しいでしょうが、私は人一倍かも知れませぬ。父も母も眠り給う故郷、幼な友達の誰彼の幾人かが生き残って居てくれる故郷。村の人達が喜んでくれる故郷。(中略)そして不便な不便なところ、更に、青年学校も高等学校もひどい山坂越えての向うの区に在ってかわいそうな事情にある、私達の区の青少年のことを思うと、矢も楯もたまらぬのです —小原國芳、玉川教育(1963年版) 久志の住民は開校にあたり土地を寄贈したり、敷地の整備、校舎の建設に積極的に協力したという。しかし、過疎化の進行と周辺の公立高校の新設が進んだことにより生徒数が減少したため、開校から31年後の1979年(昭和54年)に生徒の募集を停止した。在校生は東京の玉川学園高等部へ転校し、同年7月31日を以て閉校した。久志高等学校が閉校となったのちも、玉川学園関連の施設として丸木浜に玉川大学南さつまキャンパス(旧:久志農場)が設置されている。
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