中華邦連
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台湾立法委員の費希平(中国語版)は1984年10月12日、「大中国邦連」を提唱した。この構想の特徴は次の3点にある。 各省は独自の内政、外交、国防を行い、各省より上位の権力機構は設けない。 邦連の形成と修正は、各省の承認を必要とする。 各省は邦連から脱退する権利を持つ。 また費希平は次のようにも述べている。 台湾と中国本土は中華邦連の下で平和的に競争し、国民投票で中国統一問題を解決する。これは、「三民主義で中国を統一」する最良の方法である。 1998年、彭明は北京において「中国発展連合会」を設立、平和的な中国統一を目的として「中華連邦」を提唱した。 2001年、中国国民党主席の連戦は国民党16大政綱草案において、再度「連邦制」での中国統一を提案した。 学術分野での動きとして、朝陽科学技術大学の廖顯謨が2001年6月、朝陽学報第6号「理想主義と現実主義の妥協」において、両政権の合意で統一を行う「大中華連邦」構想を発表した。 2003年、石齊平(中国語版)は大前研一の「中華連邦」 第4章を研究後、論評記事で発表した。論文では「中華連邦」は短期的な実現の可能性はほぼ無く、議論の余地があると主張している。
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