中国人民解放軍による一般民衆大量餓死
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/10 14:46 UTC 版)
「長春包囲戦」の記事における「中国人民解放軍による一般民衆大量餓死」の解説
1989年8月、張正隆(zh:張正隆)中佐が執筆した雪白血紅(zh:雪白血紅)という本が中国人民解放軍出版社によって出版された。この本によると、長春包囲戦の間に150,000人の一般市民が餓死し、市から脱出しようとした一般人は国民党軍への食糧供給に圧力をかけるために追い返されたと記している。張中佐は中国革命(en:Chinese Revolution)が「コストに見合う価値がない」と考え、林彪軍の技術を毛沢東よりも優れていると称賛した。彼はまた、中国共産党幹部は国共内戦の間にアヘン取引で私腹を肥やしたと主張した。当時の国家主席楊尚昆は雪白血紅が「共産党を侮辱している」と述べ、1990年の春に「雪白血紅」を発禁とした。 長春包囲網時に長春で7歳だった遠藤誉は中国共産党の人民解放軍が国民党軍統治下の長春を食糧封鎖したことで約30万人の民衆が餓死に追い込まれた際の周囲の飢餓極限状態の実録として『チャーズ 中国建国の残火』を出版している。
※この「中国人民解放軍による一般民衆大量餓死」の解説は、「長春包囲戦」の解説の一部です。
「中国人民解放軍による一般民衆大量餓死」を含む「長春包囲戦」の記事については、「長春包囲戦」の概要を参照ください。
- 中国人民解放軍による一般民衆大量餓死のページへのリンク