上ツ道・中ツ道・下ツ道概要とは? わかりやすく解説

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上ツ道・中ツ道・下ツ道概要

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/21 08:40 UTC 版)

大和の古道」の記事における「上ツ道・中ツ道・下ツ道概要」の解説

南北にまっすぐ通る三道は、ほぼ4里(一里 = 531メートル、四里で約2120m)の等間隔をなしており、東から順に上ツ道中ツ道下ツ道と平行に並んでいる。現在でも形跡残っている箇所多く存在する三道敷設年代については、『日本書紀』孝徳天皇白雉4年 (653年) 六月条に「処処大道を脩治(つく)る」とあることなどを勘案して7世紀半ば頃に敷設されたと推定されている。 また、『日本書紀』によれば壬申の乱奈良盆地での戦闘記事には、すでにこの三道の名が見えるので、天武朝以前には完成していたことが知られる三道目的については、よく分かっていない。7世紀飛鳥盆地周辺丘陵部宮殿・寺院・貴族邸宅造営などが相次いで行われたとりわけ斉明朝には、巨大な建築物や山をも取り込んで石造巨大施設作られており、その材料運搬のための道路であるとも考えられるまた、壬申の等乱でこの三道効果的によく用いられているところから軍事用作られたのではないか、とも推測されている。

※この「上ツ道・中ツ道・下ツ道概要」の解説は、「大和の古道」の解説の一部です。
「上ツ道・中ツ道・下ツ道概要」を含む「大和の古道」の記事については、「大和の古道」の概要を参照ください。

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