三河土井家(利長系)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/13 02:59 UTC 版)
早くから利勝の血統が断絶し、養子相続が続いた。2代利意が寺社奉行、11代利善が寺社奉行と陸軍奉行を勤めている。維新後、子爵に列する。 利長(としなが) 利勝の子。利隆より下野国内1万石分与。利隆の子利重より1万石分与→三河西尾2万3000石。 利意(としもと) 稲葉正則の子。三河西尾2万3000石。 利庸(としつね) 三浦便次の子。三河西尾2万3000石。 利信(としのぶ) 利庸の子。三河西尾2万3000石→三河刈谷2万3000石。 利徳(としなり) 伊達宗村の子。三河刈谷2万3000石。 利制(としのり) 利徳の子。三河刈谷2万3000石。(寛政一揆の処罰で一部を福島藩と領地替え) 利謙(としかた) 利制の弟。三河刈谷2万3000石。 利以(としもち) 利制の弟。三河刈谷2万3000石。 利行(としひら) 利以の子。三河刈谷2万3000石。 利祐(としすけ) 堀田正衡の子。三河刈谷2万3000石。 利善(としよし) 井上正甫の子。三河刈谷2万3000石。 利教(としのり) 建部政醇の子。三河刈谷2万3000石。 忠直(ただなお) 藤井松平忠固の子。三河刈谷2万3000石→廃藩。
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