三大ピラミッドのレイアウト計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 03:19 UTC 版)
「ギザの大ピラミッド」の記事における「三大ピラミッドのレイアウト計画」の解説
ギザの三大ピラミッドは、そのレイアウトや大きさに意味を見出そうとする多くの仮説がある。特に三大ピラミッドには最初の大ピラミッド建設時からマスタープランが存在したという説があるが、これは定説とはなっておらず、それぞれが建設された順に随時レイアウトが計画されていったと考えられている。 カフラー王のピラミッドの配置は太陽信仰と関係性が指摘されている。大ピラミッドとカフラー王のピラミッドの南東の角を結び、そのラインを24㎞ほど東北方向に伸ばしていくと、太陽信仰発祥の地であったヘリオポリスの中心にあるオベリスクに至る。この位置関係はカフラー王のピラミッドを建造する際に、櫓のようなものを立ててヘリオポリスを見通して計画されたと考えられる。また夏至の太陽は二つのピラミッドの間、ちょうど大スフィンクスの真後ろに沈むことが分かっている。 メンカウラー王のピラミッドの配置はオシリス信仰と関係性が指摘されている。『オリオンミステリー』の著者であるロバート・ボーヴァルは、ピラミッドと古代エジプトの星辰信仰を結びつけ、三大ピラミッドの配置をオリオン座の帯に位置する三つ星に呼応させたと指摘した。古代エジプトにおいてオリオンの帯はサフと呼ばれ、冥界の神オシリスと同一視されており、また、ピラミッドをオシリスと見なした事も確認されていることから、メンカウラー王によって三大ピラミッドが三つ星として計画されたという説は考古学的にも容認されている。
※この「三大ピラミッドのレイアウト計画」の解説は、「ギザの大ピラミッド」の解説の一部です。
「三大ピラミッドのレイアウト計画」を含む「ギザの大ピラミッド」の記事については、「ギザの大ピラミッド」の概要を参照ください。
- 三大ピラミッドのレイアウト計画のページへのリンク