ロリアン攻撃の決定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/08 06:54 UTC 版)
プリマスに着いたシンクレアはフランス海岸へ航行してロリアン、ロシュフォール、ラ・ロシェル、ボルドー、または機会あればほかの適当な町を襲撃すべしとの命令を受けた。日付が8月29日/30日となっている手紙において、シンクレアは自分がボルドー一帯を熟知していたことと要塞化がなされていないことを理由にボルドーへの攻撃を支持した。ロリアンもフランドルからの距離が遠いためフランス軍を引き離すという目的に適した。当時、モーリス・ド・サックス元帥率いるフランス軍はオーストリア領ネーデルラントでフォントノワの戦い、ロクールの戦い、ブリュッセル包囲戦と連勝しており、ネーデルラント全土を占領する勢いであった。 アンソン提督もプリマスにいた。彼はシンクレアと面会、南ブルターニュのロリアンという町も要塞化がほとんどなされていないと告げた。そのため、海軍をロリアン近辺の海岸に派遣して可能な上陸地や襲撃地を探そうという決定が下された。同じ頃、ニューカッスル公爵は参謀のマクドナルド少佐(McDonald)が練ったノルマンディー上陸計画を支持するようになった。マクドナルドはプリマスに派遣され、自らの計画を採用するようシンクレアを説得しようとしたが、シンクレアはマクドナルドが軍事的に無知であると考え、もし彼が標的をロリアンからノルマンディーに切り替えたら偵察艦隊を再び派遣しなければならないとした。結局、ロリアンへの襲撃が一石二鳥となるため、遠征軍の標的はロリアンと決定された。一石二鳥とはすなわち、フランス東インド会社の本部があるロリアンに襲撃することで東インド会社の活動を停止させることができ、さらにフランドルにおけるフランス軍の引き離しにもなる、の2点だった。
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