ロッキード社の撤退
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 15:38 UTC 版)
「日本ロッキード・モノレール」の記事における「ロッキード社の撤退」の解説
日本跨座式が跨座式モノレールの統一規格として認可されたことで、ロッキード式では新規に建設・開業することができなくなった。姫路市交通局モノレール線には延伸構想があったが、経営不振から立ち消えとなった。また、アルヴェーグ式は日本跨座式の技術を応用することができた(アルヴェーグ式の東京モノレールは1969年以降、日本跨座式のボギー台車を採用)が、ロッキード式には日本跨座式の技術を応用するメリットがなかった。ロッキード式の事業展開が極めて限られた状況となり、米ロッキード社はモノレール事業からの撤退を決定した。 ロッキード社が撤退を決定したことで、日本ロッキード・モノレールは、社長空席のまま1970年に解散した。一方、川崎航空機工業と川崎車両は、ともに1969年に川崎重工業に合併した。川崎重工業は日立製作所とともに、日本跨座式の車両を製造していくことになる。
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