ホモイオス派(類似派)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 01:19 UTC 版)
「アリウス派」の記事における「ホモイオス派(類似派)」の解説
本質(ウーシア)という言葉を避け「父と子はあらゆることにおいて類似している」あるいは単に「父と子は類似している」と極めて漠然と主張する。思想的には非類似派に近い。アカキオス(英語版)(在位:339/40-364/68)がその主唱者であり、アカキオス派(英語版)とも呼ばれる。この派はホモウシオス派(同質派:ニカイア派)を排撃すると共に、ホモイウシオス派(類似本質派)も排撃する。エルサレムのキュリロス、アンキュラのバシレイオス、セバステのエウスタティオスはアカキオスによって主教職を罷免されている。359年から360年にかけてコンスタンティウス帝を抱きこみ、首都コンスタンティノポリスの地方会議(360年)で「コンスタンティノポリス信条(ホモイオン信条)」を確立し、政治的に自派を勝利に導いた。しかし、ユリアヌス帝討伐に向かうコンスタンティウス帝が病没(361年)するとホモイオス派の政治的基盤は崩れていった。
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