ホショ・ツァイダム碑文
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/27 16:39 UTC 版)
ホショ・ツァイダム碑文(ホショ・ツァイダムひぶん)は、8世紀に建てられた東突厥第二可汗国時代の碑文で、発見地であるホショ・ツァイダム(英: Khöshöö Tsaidam)からその名がつけられた。ホショ・ツァイダム碑文にはビルゲ・カガン(Bilgä Qaγan、毘伽可汗)を称えた碑文と、キュル・テギン(Köl Tägin、Kül Tegin、闕特勤)を称えた碑文の2種類あるので、それぞれビルゲ・カガン碑文、キュル・テギン碑文と呼ばれる。また、オルホン川流域にあることからオルホン碑文とも呼ばれる。
- ^ ブミン・カガン(古テュルク語: - Bumïn Qaγan)。イステミ・カガン(古テュルク語: - Istemïi Qaγan)。
- ^ たいていは伊利可汗と室点蜜に比定されるが、内田吟風は、『オルホン碑文』にあるIstämiとは別人で、室点蜜(イステミ)はそれにあやかってつけられた名前であるとしている。また、松田寿男は「室點密可汗、イステミカガンの名は、唐初において中国人に知られた形跡がなく、突厥の分裂後に突厥人によって考えられた伝説的君主の名であり、いわゆる室點密可汗とは、メナンデルの記すシルジブールに求めなければならない」とした。
- ^ イルティリシュ・カガン(古テュルク語: - İltiriš Qaγan)。
- ^ ビルゲ・カガン(古テュルク語: - Bilgä Qaγan)、キュル・テギン(古テュルク語: - Kül Tigin)。
- 1 ホショ・ツァイダム碑文とは
- 2 ホショ・ツァイダム碑文の概要
- 3 参考資料
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