トマス・ハミルトン (第9代ハディントン伯爵)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/28 14:26 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| 第9代ハディントン伯爵 トマス・ハミルトン 
       Thomas Hamilton, 9th Earl of Haddington
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| 生年月日 | 1780年6月21日 | 
| 没年月日 | 1858年12月1日 (78歳没) | 
| 出身校 |  オックスフォード大学クライスト・チャーチ エディンバラ大学  | 
    
| 所属政党 | 保守党(トーリー党) | 
| 称号 |  アザミ勲章勲爵士 (KT) 枢密顧問官 (PC) 王立協会フェロー (FRS)  | 
    
| 配偶者 | マリア・パーカー | 
| 親族 |  第8代ハディントン伯爵 (父) 第4代マクルズフィールド伯爵 (義父)  | 
    
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        海軍大臣
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| 内閣 | 第2次ピール内閣 | 
| 在任期間 | 1841年9月6日 - 1846年1月8日 | 
| 国王 | ヴィクトリア | 
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| 内閣 | 第2次ピール内閣 | 
| 在任期間 | 1846年1月21日 - 1846年7月 | 
| 国王 | ヴィクトリア | 
第9代ハディントン伯爵トマス・ハミルトン(英: Thomas Hamilton, 9th Earl of Haddington、1780年6月21日 - 1858年12月1日)は、イギリスの保守党政治家。アザミ勲章勲爵士、枢密顧問官、王立協会フェロー。1794年から1828年までは「ビニング卿」(Lord Binning)の儀礼称号で称されていた。
経歴
スコットランドの貴族代表議員を務めた第8代ハディントン伯爵チャールズ・ハミルトンの一人息子として生まれる[1]。母親のレディ・ソフィア・ホープは第2代ホープタウン伯爵ジョン・ホープの娘。
エディンバラ大学を経てオックスフォード大学クライスト・チャーチで学び、1801年に学士号を、1815年に修士号を取得[1]。
1802年から1806年までコーンウォール州セント・ジャーマンズ選挙区選出の、1807年の1月から5月までカンブリア州コッカーマス選挙区選出の、1807年から1812年までコーンウォール州カリントン選挙区選出の、1814年から1818年までコーンウォール州ミッチェル選挙区選出の、1818年から1826年までケント州ロチェスター選挙区選出の、1826年から1827年までワイト島ヤーマス選挙区選出の庶民院議員[2][3]。
彼は議会におけるジョージ・カニングの支持者であり、カニングが首相を務めていた1827年に「カウンティ・オヴ・ハディントンにおけるタイニンガムのメルローズ男爵」(Baron Melros, of Tynninghame in the County of Haddington; 連合王国貴族)に叙され[4]、貴族院へ移った。なお1814年に枢密顧問官に列せられ[5]、1828年に父親からスコットランド貴族の爵位である「ハディントン伯爵」を相続している。
1831年にホイッグ党の第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイが第1回選挙法改正案(Reform Bill; 選挙法改正法案)を提出したときは反対したが、後に意見を変え、1832年には賛成票を投じた。
1835年、第1次内閣を組織したサー・ロバート・ピールの下でアイルランド総督(Lord Lieutenant of Ireland; アイルランド統監)に任じられる。1841年の第2次ピール内閣ではインドの総督就任を打診されたが断り、海軍大臣(First Lord of the Admiralty; 海軍本部ファースト・ロード)として入閣[6]。1846年に閣僚ポストの入れ替えが行われると王璽尚書となった[7]。
1844年に王立協会フェローに選出された[8]。1853年、アザミ勲章を受章[9]。
家族
第4代マクルズフィールド伯爵ジョージ・パーカーの娘であるレディ・マリア・パーカー(1861年没)と1802年10月13日に結婚した[1]。彼女との間に子がなかったため、メルローズ男爵は1代で断絶、ハディントン伯爵は又従弟のジョージ・ベイリー=ハミルトンが相続した。
出典
- ^ a b c Lundy, Darryl. “Thomas Hamilton, 9th Earl of Haddington” (英語). thepeerage.com. 2012年3月24日閲覧。
 - ^ Thorne, R. G. (1986). “HAMILTON, Thomas, Lord Binning (1780-1858), of Tynninghame, Haddington.”. In Thorne, R.. The History of Parliament: the House of Commons 1790-1820. Boydell & Brewer 2013年10月4日閲覧。.
 - ^ Farrell, Stephen (2009). “HAMILTON, Thomas, Lord Binning (1780-1858), of 5 Chesterfield Street, Mdx. and Tynninghame, Haddington”. In Fisher, D.R.. The History of Parliament: the House of Commons 1820-1832. Cambridge University Press 2013年10月4日閲覧。.
 - ^ The London Gazette: no. 18376. p. 1455. 1827年7月6日。
 - ^ The London Gazette: no. 16921. p. 1528. 1814年7月30日。
 - ^ The London Gazette: no. 20015. p. 2247. 1841年9月7日。
 - ^ The London Gazette: no. 20563. p. 243. 1846年1月23日。
 - ^ “Hamilton; Thomas (1780 - 1858); 9th Earl of Haddington” (英語). Past Fellows. The Royal Society. 2012年3月24日閲覧。
 - ^ The London Gazette: no. 21490. p. 2929. 1853年11月1日。
 
外部リンク
- Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr Thomas Hamilton (英語)
 - "トマス・ハミルトンの関連資料一覧". イギリス国立公文書館. 
 (英語) - トマス・ハミルトン - ナショナル・ポートレート・ギャラリー (英語)
 
      
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