デリバティブの失敗と破産
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/08 00:55 UTC 版)
「ベアリングス銀行」の記事における「デリバティブの失敗と破産」の解説
1992年にキャドバリー報告書が出ても、ベアリングス銀行の体質は19世紀末のそれと変わらなかった。 1995年、シンガポール支店に勤務していたニック・リーソン(1967-)のデリバティブ取引の失敗で致命的打撃をこうむり、ベアリングス銀行は同年2月26日に破産。233年の歴史に幕を閉じた。 当時リーソンは、シンガポール国際金融取引所 (SIMEX) および大阪証券取引所に上場される日経225先物取引を行っていたが、同年1月17日に阪神・淡路大震災が起きて日経株価指数が急落し、損失が拡大。損失を秘密口座に隠蔽すると同時に、先物オプションを買い支えるための更なる膨大なポジションを取ったため、最終的な損失は、ベアリングス銀行の自己資本(750億円)を遥かに超過する約8.6億ポンド(約1,380億円)に達した。 その後、INGグループに1ポンドで買収されたが、買収元のINGは14億ドル超の残債を保証し、また10億ドルの返済を肩代わりしなければならなかった。 1998年のアジア通貨危機を機に、旧ベアリングス銀行部門はほとんど機能停止した。2001年、INGは旧ベアリングス銀行のアメリカ部門をABNアムロ銀行に売却した。唯一残された投資顧問部門も2004年に二分割されて、翌年マスミューチュアル生命保険とノーザントラスト(Northern Trust)に売却された。
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