デビューからフランス移籍まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/30 15:52 UTC 版)
「ステファン・セセニョン」の記事における「デビューからフランス移籍まで」の解説
ベナン・プレミアリーグのRequins de l'Atlantique FCからデビューした。このクラブはベナンの事実上の首都であるコトヌーにあり、鮫と大西洋をモチーフとする。トップチームに1年だけ在籍した後、フランス・パリ郊外にあるリーグ・ドゥ(2部)のUSクレテイユ=リュシタノに移籍した。同郷のノエル・セカがいたことなどからすぐにチームに馴染み、2004-05シーズン開幕戦のスタッド・ランス戦で途中出場してデビューを飾ったが、1-2で敗れた。2005年1月14日、3-0と勝利したFCグーニョン戦では初得点を決め、そのわずか4分後には2得点目を決めた。USクレテイユ=リュシタノはシーズンを15位で終えたが、クラブを降格から救ったことでセセニョンは脚光を浴びた。2005-06シーズンはクラブのリーグ・ドゥ最高位である8位でシーズンを終えた。彼自身も調子が良く、33試合に出場して5得点した。USクレテイユ=リュシタノでは2シーズンで68試合に出場して10得点した。
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