テマセック
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 09:06 UTC 版)
シンガポールに関する歴史的な記述で最も古いものは3世紀の中国の文献における、Pu-luo-chungであるという。シュリーヴィジャヤ王国の勢力下、その後7世紀頃には漁村テマセックとして知られ、複数の航路が合流するマレー半島の先端に位置するという地理的条件も加わり、様々な国の船舶が寄港していたという。諸説あり。 マジャパヒト王国の宮廷詩人であったプラパンチャが14世紀に書いた『王朝栄華物語』にマジャパヒト王国の服属国としテマセックの名は見られ、少なくとも14世紀まではこの名で呼称されていた事が窺える。また、同時期に書かれた中国の旅行家汪大淵による旅行記『島夷誌略』にも「海賊を生業とする住民が住み、外国船も寄港していた」ことなどが記されている。
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