ジャバーの移籍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 00:03 UTC 版)
「1975-1976シーズンのNBA」の記事における「ジャバーの移籍」の解説
1970年代における最も重要なトレードが敢行され、当時最高峰の選手だったカリーム・アブドゥル=ジャバーが6年過ごしたミルウォーキー・バックスに別れを告げ、ロサンゼルス・レイカーズに移籍した。バックスは1971年には優勝を果たし、以後も勝率7割以上を維持するリーグ有数の強豪だったが、オスカー・ロバートソンの引退などで前季には大幅に勝率を落とし、優勝戦線から一気に後退したため、このチームでは優勝を望めなくなったジャバーはトレードを志願したのである。移籍先は故郷のニューヨークか、大学時代を過ごしたロサンゼルスを希望したが、駒不足のニューヨーク・ニックスはジャバーに見合う対価を用意できなかったため、レイカーズへの移籍となった。最重要選手を失ったバックスは1980年代に入るまでの間、低迷期が続く。一方前季17年ぶりにプレーオフ進出を逃したレイカーズは、ジャバーを獲得したもののすぐにプレーオフ復帰とはならなかった。このシーズンは前季よりも10勝を上積みし、ジャバーは3度目のMVPを獲得したが、勝率5割には届かなかった。以後少しずつチーム成績は上向いていくものの優勝からは程遠く、レイカーズにはジャバーと組めるもう一人のスター選手を必要としていた。
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