サウスジョージア島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/03 02:21 UTC 版)
「ハリー・マクニッシュ」の記事における「サウスジョージア島」の解説
ジェイムズ・ケアード号の隊員は、エレファント島を出てから15日後の1916年5月10日にサウスジョージア島に到着した。彼らはキングホーコン湾のケイブ・コーブに上陸した、そこは島の目的地の反対側だったが、全員が上陸できるのが安息だった。マクニッシュはその日記に次のように記した。 私は丘の頂点まで行って、草の上に寝た。故郷で丘の上に立ち、海を見下ろしていた昔を思い出させた。 彼らは食用になるアホウドリの雛とアザラシを見つけたが、小さなボートよりも比較的慰みが与えられる島にいたとしても、島の反対側のハスビクにある捕鯨基地に行って、エレファント島に残っている隊員の救援を求めることを緊急に必要としていた。マクニッシュとビンセントはそれ以上先に進めないことが明らかであり、シャクルトンはひっくり返したジェイムズ・ケアード号の下で、ティモシー・マッカーシーに二人の世話を任せ、ワースリーとクリーンと共に山越えの危険な旅に出発した。マクニッシュはジェイムズ・ケアード号のネジを外し、それを山越え隊員の長靴に付けて、氷を掴んで歩きやすくできるようにした。また浜で見つけた流木からありあわせの橇を作ったが、実用にするにはあまりに動きが悪かった。シャクルトン達3人は1916年5月18日に出発し、マクニッシュも数百ヤードはついて行ったが、それ以上は行けなかった。マクニッシュは3人のそれぞれと握手して幸運を祈り、そのごシャクルトンがマクニッシュを送り帰した。シャクルトンは残る3人の指揮者にマクニッシュを指名し、救援を待つこと、冬の終わりまでに誰も来なければ、島の東海岸までボートで行きつく試みを行うことを言い残した。シャクルトンの隊は山を越えてハスビクに到着し、捕鯨船サムソンでワースリーを送って3人を救出させた。シャクルトンは痩せ衰えたマクニッシュが捕鯨基地に到着するのを見た後で、マクニッシュにとっては救援がぎりぎりのタイミングだったことを感じたと記録していた。
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