ガイドブックからの引用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/14 07:33 UTC 版)
「シェスリッツ」の記事における「ガイドブックからの引用」の解説
1912年にディートリヒ・アメンデが書いたバンベルクと周辺地域のガイドブックには、シェスリッツは以下のように書かれている。 『元々スラブ人の居住地であったシェスリッツは、805年にその名が歴史に記され、1062年にはすでに“Oppidum”(「小都市」を意味する)と呼ばれた。現在、この絵に描いたような町は、すばらしいレストランを備え、またバンベルク、ニュルンベルク、コーブルクを望む展望台の町としても人気である。見所は、ゴシック様式のホール式教会である教区教会で、1360年、1569年、1570年といった興味深い墓石が建つ。1780年に建設された施療教会は1739-74年に建設された弱者救済施設を持つが、そのペディメント(切り妻屋根の三角形の壁面)にバンベルクの彫刻家ゴルヴィッツによるすばらしいレリーフが遺されている。1612年の木彫を有するディリヒシェ・ハウス、戦争記念碑などである。墓地には、バンベルクのマルティン教会から移された1450年作の聖ユグフラウのすばらしい石像が置かれている。』Dr. Dietrich Amende: „Bamberg und das Frankenland“. Bamberg o. J. (um 1912)より
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