オリエント国際政治とエジプト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/02 09:34 UTC 版)
「エジプト第2中間期」の記事における「オリエント国際政治とエジプト」の解説
第2中間期の支配者ヒクソス、即ち第15王朝はエジプト世界から西アジアの一部を包括して継続支配した王朝であり、この王朝の存在によってエジプトと他の西アジア地域は文化的にも政治的にも接触を密にした。無論旧来より人的交流や交易は盛んであったが、第2中間期の激動を経て、シリア・パレスチナ情勢はエジプトの支配者にとって最も関心を払うべき問題の1つになっていた。「外から進入した」と見なされたヒクソスの再来を恐れるエジプトの支配者達が、シリア・パレスチナの支配によって安全保障を得ることを求めたとともに、彼らが「ヒクソスが持っていたアジア地域に対する支配権を継承した」として、シリア・パレスチナに対して領有権を有すると考えるようになっていったのである。 こうしてエジプト世界と他のオリエント世界は、緊密な関係を持った1つの政治世界を形成するようになったのである。第2中間期に続く新王国時代には、エジプトはオリエントの大国の1つとして巨大な影響力を振るうようになる。
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