オランダ帝国によるバリ征服(19世紀末 - 20世紀初頭)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 18:03 UTC 版)
「バリ島」の記事における「オランダ帝国によるバリ征服(19世紀末 - 20世紀初頭)」の解説
19世紀末になると当時の帝国主義的風潮の下、オランダ海上帝国がバリ島の植民地化を進め、各地の王家を武力により支配下に置き始める。 バリ戦争 まず1846年にバリ島側の難破船引き上げ要請を口実として、東北部に軍隊を上陸させ、ブレレンとジュンブラナを制圧(バリ戦争)。 ロンボク戦争 その後も徐々に侵攻を進め、1894年にはロンボク戦争でロンボク国とカランガスム王国を獲得した。 バリ島全土征服 1908年には、最後に残ったクルンクン王国を滅ぼし、全土をオランダ領東インド領土、植民地とするに至った。しかし、この際にバリ島の王侯貴族らがみせたププタン(無抵抗の大量自決)によってオランダは国際的な非難を浴びることとなり、オランダ植民地政府は現地伝統文化を保全する方針を打ち出すことになった。
※この「オランダ帝国によるバリ征服(19世紀末 - 20世紀初頭)」の解説は、「バリ島」の解説の一部です。
「オランダ帝国によるバリ征服(19世紀末 - 20世紀初頭)」を含む「バリ島」の記事については、「バリ島」の概要を参照ください。
- オランダ帝国によるバリ征服のページへのリンク