オデッサの戦い (1941年)
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オデッサの戦い(オデッサのたたかい、ドイツ語: Schlacht um Odessa、ロシア語: Одесская оборонаアヂェースカヤ・アバローナ、ルーマニア語: Bătălia de la Odessaバタリヤ・デ・ラ・オデッサ)は、独ソ戦初期の1941年8月から10月まで、黒海沿岸の軍港都市であるオデッサを巡って行われた戦闘。攻略は、ルーマニア軍が担当したが、ソ連軍の堅固な防衛陣地を破るのに難渋し、約2ヶ月の攻囲の末、大損害を被った後に、オデッサは陥落した。
- ^ Axworthy (1995), p. 50.
- ^ a b Glantz & House 1995, p. 293.
- ^ http://www.worldwar2.ro/operatii/?article=7
- ^ 6万名説あり(Axworthy,Mark. Third Axis Fourth Ally: Romanian Armed Forces in the European War, 1941–1945. p. 58.)
- ^ 同じような状況下でフィンランド軍も、旧領を回復した後にドイツ側から再三レニングラード攻撃を要請されたが、軍を進めることはなかった。
- ^ 独・ルーマニア軍、オデッサ入城(『東京日日新聞』昭和16年10月18日号外)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p397 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
- 1 オデッサの戦い (1941年)とは
- 2 オデッサの戦い (1941年)の概要
- 3 背景
- 4 題材とした作品
- 5 外部リンク
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