エーゲ・マケドニアとは? わかりやすく解説

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エーゲ・マケドニア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 16:27 UTC 版)

マケドニア (ギリシャ)」の記事における「エーゲ・マケドニア」の解説

en:Aegean Macedonia」および「統一マケドニア」も参照 今日、かつての古代マケドニア王国領域大半ギリシャ領属している。一方近代以降用いられている「マケドニア」という地域名は、より広い範囲指し示している。この領域には中世以降スラヴ人居住するようになった。この領域のうち1913年ブルガリアとなった部分ピリン・マケドニアブルガリア語:Пиринска Македония、Pirinska Makedoniya、マケドニア語:Пиринска Македонија、Pirinska Makedonija、英語:Pirin Macedonia)とよばれ、今日ブラゴエヴグラト州領域とほぼ一致している。一方セルビアとなった部分ヴァルダル・マケドニアマケドニア語およびセルビア語:Вардарска Македонија、Vardarska Makedonija、ブルガリア語:Вардарска Македония、Vardarska Makedoniya、英語:Vardar Macedonia)と呼ばれ今日では北マケドニア共和国として独立している。ギリシャ領となっている部分は、エーゲ・マケドニア(ギリシャ語:Αιγαιακή Μακεδονία、Aigaiaki Makedonia、ブルガリア語:Егейска Македония、Ageyska Makedoniya、マケドニア語:Егејска Македонија、Egejska Makedonija、英語:Aegean Macedonia)と呼ばれる。この呼称は主に前述ピリン・マケドニア、およびヴァルダル・マケドニアとの一体性強調するスラヴ人によって好んで使用される。 このエーゲ・マケドニアという呼称第二次世界大戦の頃からよく登場するようになった。これはユーゴスラビアヨシップ・ブロズ・チトー大統領の大バルカン連邦構想によるギリシャ内戦への介入のためにエーゲ・マケドニアという語を使用するようになったためである。エーゲ・マケドニアという呼称は、多くスラヴ系マケドニア人によって広く用いられる他、歴史的な用語として使用されている。

※この「エーゲ・マケドニア」の解説は、「マケドニア (ギリシャ)」の解説の一部です。
「エーゲ・マケドニア」を含む「マケドニア (ギリシャ)」の記事については、「マケドニア (ギリシャ)」の概要を参照ください。

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