アイテイオーとは? わかりやすく解説

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アイテイオー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/24 00:55 UTC 版)

アイテイオー
品種 サラブレッド系種
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1960年4月2日
死没 不明(1982年4月用途変更)
ハロウェー
キタノヒカリ
母の父 トサミドリ
生国 日本
北海道浦河郡浦河町
生産者 キタノ牧場
馬主 伊藤忠雄
調教師 久保田金造中山
競走成績
生涯成績 12戦4勝
獲得賞金 884万4400円
勝ち鞍 優駿牝馬(1963年)
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アイテイオー1960年4月2日 - 不明)は、日本中央競馬会に所属していた競走馬繁殖牝馬1963年オークスを優勝。

経歴

株取引で財を成した伊藤忠雄の所有馬で、5代前の母方の血統が不明のサラ系であった。

1960年キタノオーと共に菊花賞初の兄弟制覇を成し遂げたキタノオーザの姪にあたり、キタノオー、キタノオーザと同じで、伊藤竹男主戦騎手を務めた。半弟には1967年北海道3歳Sを勝ち、無敗のまま引退したキタノダイオーがいる。

戦績

1962年(3歳)11月東京でデビューし、2戦目の新馬戦を保田隆芳で勝つ。1963年(4月)は60万下を勝ち、桜花賞を目指して関西に入る。前哨戦のオープンは5着に終わり、大根田裕也が騎乗するも6着に終わる。関東に戻ってトライアルの4歳牝馬特別で3着と盛り返し、4番人気で出走した優駿牝馬はゲート入りを嫌う馬がいて発走が遅れ波乱含みとなり、人気の関西馬ミルフオードが馬群に沈み、アイテイオーが直線抜け出して優勝。夏は北海道シリーズに参戦し、札幌オープン2着、重賞昇格前の函館記念2着と好走。秋はセントライト記念グレートヨルカの差の無い2着と頑張っていたが、1964年(5歳)4月の東京オープン8着を最後に引退。

引退後

引退後は1965年に繁殖入りし、11頭の産駒を送り出した。その中から1974年京都牝馬特別を勝ったアイテイシローが出ている。また、孫に1982年有馬記念を勝ったヒカリデユールがいる。繁殖牝馬引退後の消息は不明。

競走成績

  • 1962年(2戦1勝)
  • 1963年(9戦3勝)
    • 1着 - 優駿牝馬
    • 2着 - セントライト記念、函館記念
  • 1964年(1戦0勝)

太字八大競走を含むGI級レース。

脚注

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