ねんねこもスカートも膝頭まで
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冬 |
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前 書 |
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評 言 |
たとえばこの句を子規の有名な句と並べてみる。 鶏頭の十四五本もありぬべし ねんねこもスカートも膝頭まで こうしてみると、右城の句になにかそこはかとないものがあるのかなーと思い始めている御仁もいるはずだ。当時、子規自体は限りなく科学的な客観性を持った写生文の完成を志していた。鶏頭の句はその結果であった。だがその後下衆の勘ぐりが横行して、様々な解釈が生れた。いずれの解釈もただ鶏頭が十四五本あるかなーといった報告とは受けとらなかった。多くは深読みして子規の残り少ない命の燃焼と絡めずにはおれなかった。 ここに大きな転換があったのだ。写生文というものがただの報告文ではないはずだという下衆の勘繰りを西洋文学あたりから学んで、なんでもない風景に意味を見出すあるいは美を見出すという考え方がいわば発明されたのである。写生俳句というものが芭蕉の俳句や蕪村の俳句に並んで歩けるというのもこの発明によるのである。 わたしは右城のこの句をこよなく愛す。昭和三十年代の子守のお姉さんが土手の上を夕日を背景に歩いているところに直ぐ飛んでいける。この飛翔力を与えてくれた子規とその後の下衆に感謝するしかない。 |
評 者 |
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備 考 |
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