おぼっちゃまくんで大ブレイク
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「小林よしのり」の記事における「おぼっちゃまくんで大ブレイク」の解説
「おぼっちゃまくん」も参照 『ほう作』終了と入れ替わりに1986年 『月刊コロコロコミック』で連載された「おぼっちゃまくん」が大ヒットとなり、これによって小林自身も大ブレイクする。「おぼっちゃまくん」は1989年からはテレビ朝日系でアニメ化され、人気番組になった。『コロコロ』編集部は『おぼっちゃまくん』以外の小林の漫画も求め、「いなか王兆作」の同時連載(『おぼっちゃまくん』後に連載を開始するも先に終了)、『救世主ラッキョウ』のリメイク、前述の『ほう作』の『コロコロ』における再録などが行われた。なお、小林は『救世主ラッキョウ』のリメイクについては「ちょっと"ヒネリ"が入りすぎてて、いまひとつ小さな子供にはピンとこなかったみたいやね」と『ゴーマンガ大事典』で語っている。 『おぼっちゃまくん』は1989年に第34回小学館漫画賞を受賞。授賞式での審査員に、陰湿で皮肉めいた批判発言をされた事に対して激怒した小林は「こんな下品な漫画に賞をくれた審査員の度胸に感謝します」と、痛烈な皮肉を込めたコメントで反撃し、翌年以降の審査員が刷新される事態にまで発展。この顛末は当時『宝島』に連載していた「おこっちゃまくん」で描かれた。これが後に自身の漫画作品の作風を180度転換させる主因となった[要出典]。 その頃より、時事論評を展開しつつ、漫画による時事論評という新しい手法が注目された。
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