「聖にして公なる使徒の教会」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 22:37 UTC 版)
「正教会」の記事における「「聖にして公なる使徒の教会」」の解説
正教会は信経において「聖にして公なる使徒の教会」とされる。 教会は聖なるハリストスの体であり、至聖三者(三位一体の神)の像であり、聖なる神との交わりの中にあるため、聖であると理解される。 「公なる」(カトリック、ギリシア語: καθολικός カソリコス, 英語: Catholic)については、地理的な広がりといった外的なものとしてのみ理解されるべきではなく(地理的に拡大する以前から教会は「公なる」ものであったと理解される)、質的な面からも理解されなければならない。「公なる教会」は正教において、充分であり、完全であり、全てを包括し、欠落が無いことを意味する。 「カトリック (概念)#正教会におけるカトリック(普遍)」を参照 「使徒の」については、正教会が自教会を、使徒達の信仰と、使徒達から始まった教会のありかたを、唯一正しく受け継いできた教会であるとすることを意味する。また、「ハリストス(キリスト)の体(聖体血)を中心にした奉神礼共同体」としても自教会を捉え、ビザンティン時代に現在のかたちがほぼ確立した奉神礼(礼拝)には、ハリストスと使徒達によって行われた礼拝のかたちと霊性が保たれているとする。
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