ATP合成酵素 ATP合成酵素の一分子観測[2]

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ATP合成酵素

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 07:45 UTC 版)

ATP合成酵素の一分子観測[2]

回転触媒説を実証したこの実験は、アイディアに富んだ面白い実験である。以下にプロセスを示す。

  1. ヒスチジンタグを付けた組み換え F1 部位を作成する。
  2. ヒスチジンタグを特異的に吸着するガラス表面に タグ付きのF1 部位を固定する。
  3. F1 部位のγサブユニットに蛍光標識したアクチンフィラメントをストレプトアビジンを用いて接着する。
  4. 溶媒中にATPを添加する。
  5. 蛍光顕微鏡でガラスの表面を観察する。
  6. アクチンフィラメントの回転がATPの加水分解によって引き起こされる現象が観察できる。

少々乱暴ながらも比喩的に説明すると、回転していると思われる部分に、回転方向と水平方向に顕微鏡で動画が観測できる大きさの細長い付箋を貼り付けて、その付箋が回転しているかどうかを観測したのである。この方法を用いると回転のみならず、アクチンの長さを変化させることによって発生トルクも測定することができる。この方法で測定したATP合成酵素は、生体内で毎秒100回転していることがわかった。またエネルギー変換効率は 100% 近く、これほど効率の高いATP利用系は生物体内ですらこの他に見つかっていない(例えばミオシンは 20%、ダイニンは 50% 程度)。

ATP合成ステップのモデル

ATP合成の素過程は、以下のようなモデルが提唱されている。

  1. カラ型βサブユニットは「開いた」構造をとっている。
  2. 1個目のプロトンが Fo 部位を通過する (out→in)。
  3. Fo 部位は細胞内側から見て 120° 左回転を行う。
  4. それに伴い、Fo 部位に結合した F1 部位も 120° の左回転を行う。
  5. そのときADPがβサブユニットに入ることにより「閉じた」構造へ変化する。
  6. 2個目のプロトンが Fo 部位を通過し、さらに左120° 回転する。
  7. 回転した F1 部位にてβサブユニットに入ったADPにリン酸化反応が起きる。
  8. 3個目のプロトンが Fo 部位を通過し、さらに左120° 回転する。
  9. βサブユニットは「開いた」構造をとり、ATPを放出してカラ型に戻る。1. に戻る。

このように、3個のプロトンが Fo 部位を out→in 通過するごとに、F1 部位がADPのリン酸化を行う。現時点では F1 部位の回転は直視されており確実性はあるが、Fo 部位の回転はいまだ確認されていない。しかしながらcサブユニットの立体構造から回転子であることが提案されており、おそらく回転していると考えられている。また、逆反応については、F1 部位の右回転(細胞内側から見て)が Fo 部位に伝わり、ATP合成酵素全体が右回転する仕組みとなっていると考えられている。

120° の回転を行うことは一分子観測の実験でも確認されており、低濃度 (20 nmol/L) のATP存在下ではアクチンフィラメントが 120° ごとに回転している様子が観察されている。また、ADPがつっかえてATP合成酵素が動かなくなったり、ATP合成酵素が「間違えて逆回転する」現象も観察されている。

今後の課題

ATP合成酵素への理解は極めて進んだとされているが、いくつかの点が明らかになっていない。Fo 部位の構造解析、反応素過程が現時点での課題ともいえる。

また、こうした構造生物学的な疑問とは異なり、「なぜATP合成に使用されるATPアーゼのみが回転をしているのか」と言う疑問も残っている。上記、生体内でATP合成に用いられるのはF型およびA型であるが、F型については回転していることがほぼ確実となり、A型についてもおそらく回転しているだろう、との予測がなされている。

また、A型ATPアーゼを起源とするV型ATPアーゼもサブユニット構成から回転しているだろうと予測されている。P型ATPアーゼは構造が単純で(分子量10万前後)エネルギー効率も決して悪くは無いが生体内でATPの合成に用いられている例は存在しない。複雑極まりないF型ATPアーゼ(分子量50万以上)はほぼ全生物共通してATP合成に用いられる普遍的な酵素であり、進化の痕跡が垣間見られない。こうしたことも、現時点の課題と言える。

また、メタン菌はF型およびA型の二つのATP合成酵素を所持しているが、F型はナトリウムイオン駆動型のATPアーゼであることが判明している。プロトン濃度勾配に拠らない、新規なイオン輸送型のATP合成酵素の存在も示唆されている。


  1. ^ 野地博行; 吉田賢右 (2000年11月). “「ATP合成の回転モーター:ATP合成酵素」『シリーズ・バイオサイエンスの新世紀7』 (PDF)”. 共立出版. p. 76. 2017年1月21日閲覧。
  2. ^ Noji, Hiroyuki; Yasuda, Ryohei; Yoshida, Masasuke; Kinosita JR, Kazuhiro (1997). “Direct observation of the rotation of F1-ATPase”. Nature 386: 299–302. doi:10.1038/386299a0. PMID 9069291. 


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