疲労 (材料) 予防策、疲労設計

疲労 (材料)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/15 07:17 UTC 版)

予防策、疲労設計

材料力学を用いてあらかじめ余裕を持った設計にすることで疲労による破壊をある程度防ぐことができるが、用途によっては重量やコスト、安全性などの制約から十分な余裕を持てない場合もある(例えば航空機原子炉など)。このような場合には、繰り返し荷重がかかる構造物の運用中に検出できない初期欠陥からき裂が発生・進展することを前提として寿命を評価する損傷許容設計が採用され[14]、応力を受ける部材を定期的に交換するか、あるいは定期的な検査において部材の微小な割れ目を検出して破壊に至る前に使用を中止し、新しい部材に交換する手法を用いる。割れ目の検出は超音波探傷検査浸透探傷検査X線写真などの非破壊検査を用い、検出限界と設計の余裕から検査の頻度を規定することができる。但し、疲労は状況によって進行速度の変動する幅が大きいため、事前の試験方法を誤ったり、使用基準を守らなかったり、修理や改造などによって初期の設計から外れたりすると、予想より早く破断に至り事故につながることがある。

歴史

材料の疲労現象は古くから経験的に知られていたと考えられるが、18世紀の産業革命による機械工業の発達以降、疲労による破壊事故が大きく社会的に問題として認識されるようになった[15]。産業革命により、それまでの水や馬といった小さな力の動力源から蒸気機関という大きな力の動力源を使用するようになったためと考えられる[16]。対策のため、各国で学者や技術者による委員会が組織され、疲労の研究が本格的に進められるようになった[15]

材料に対する「疲労」という用語を最初に用いたのはフランスのジャン=ヴィクトル・ポンスレ(Jean-Victor Poncelet)である[17]。ポンスレは1825年頃からメスの兵学校で、材料の疲労についての講義をしていたといわれる[17]。ポンスレによる疲労の発生機構の仮説は、繰返し荷重によって鉄の繊維状組織が結晶化して脆化することによる、というものであった[18]

疲労の本質に迫った実験としては、1837年にドイツのウィルヘルム・アルバート(Wilhelm Albert)が、鉱山の鉄製チェーンの疲労に関する実験結果を報告したものが最初である[19][20]。アルバートは鉱山巻き上げ機の鉄製のが時折突然破断することを経験して、その原因を調査する中で、巻き付けの繰返しが原因と推測して鎖用の疲労試験を考案、実施した[16]。試験では、安定した繰返し荷重を実験対象のチェーンに与えるために、水車の仕組みを利用していた[19]。この試験により、アルバートは、静的な破断限界より小さな力でも繰り返し作用することで突然破断することを見出した[16]

1853年にはフランスのモラン(A. Morin)が郵便馬車の車軸について、走行距離が7万キロメートルを越えると破壊が始まることから、この距離を走行した時点で点検・交換することを指示した記録が残されている[17]。これが疲労破壊に対する予防保全の最初の例である。

1856年から1869年にかけて、ドイツの技術者であったアウグスト・ヴェーラーAugust Wöhler)は、自ら回転曲げ疲労試験機を作り出し、鉄道用車軸を使って疲労実験を繰り返し、疲労を科学的に分析した[21]。その結果、S-N曲線により疲労破壊特性を整理可能なことを発見した[21]。1870年、ヴェーラーは、車輪に106回程度振動を繰り返した後は、どれだけ回数を繰り返しても耐久応力が下がらず、永久に耐え続けられるある一定の応力があることを発表した。このことをヴェーラー自身は耐久限度(Endurance limit)と呼んでいたが、後に疲労限度と呼ばれるものと全く同じである。

疲労亀裂の顕微鏡写真Micrographs showing how surface fatigue cracks grow as material is further cycled. From Ewing & Humfrey, 1903

1963年、ポール・パリス(Paul Paris)らにより、き裂の繰返し荷重1サイクル当たりの進展速度(da/dN)が応力拡大係数で整理でき、進展速度を予測可能であることが発表された[22]。1971年、ウォルフ・エルバー(Wolf Elber)により、き裂先端部の局所的塑性変形により引張荷重下でもき裂が閉じるき裂閉口現象の発生機構とその重要性について発表された[23]

物質・材料研究機構2022年令和4年)10月28日、これまで初期と後期で判明していた疲労破壊が生じる亀裂について、中期も初期と同様に結晶内のすべり面に沿って亀裂が進むことを明らかにした[24]

疲労が関与した大事故

疲労が原因として関与した事故の内、特に歴史的に有名な例を示す。

機体設計時に疲労試験を行っていたが、強度試験をした機体で疲労試験も行ってしまったため応力集中部が塑性硬化を起こし、疲労強度が大きくなり、実際の使用条件に対して寿命を1桁大きく見積もってしまった。
  • 1980年:北海油田の石油プラットフォーム「アレクサンダーキーランド」の転覆事故(構造体溶接部の破損)
溶接部の疲労試験も点検も行っていなかった。
「アレクサンダーキーランド」の艤装構造と破壊箇所
日本航空によって運行されていたボーイング747SR型機が墜落し、死者520名を出し、過去最悪の航空機事故となった[25]。直接の原因は圧力隔壁の疲労破壊で、同箇所の事故以前に行われたボーイング社の修理が適切ではなかったため疲労破壊発生に至った[25]
部品を製造した直後から割れが進行していたにもかかわらず検査によって検出できなかった。
検査によって溶接不良を確認していたにもかかわらず放置され、交通量の増大によって急激に疲労が進んでしまった。
ドイツ高速列車ICEが時速200キロメートルで走行中に脱線し、101名の死者を出した事故となった[26]。原因は弾性車輪の外輪と呼ばれる鉄製タイヤ部分の疲労破壊によるものであった[26]

注釈

  1. ^ 一定応力下で時間が経過し、破断に至る現象はクリープと呼ばれる。
  2. ^ ただし疲労限度も含めたその材料の一般的な疲労に対する強度のことを疲労強度と呼ぶことも多い。

出典



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