出津孝一 出津孝一の概要

出津孝一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/02/28 14:58 UTC 版)

出津孝一
2010年引退セレモニー
基本情報
国籍 日本
出身地 埼玉県
生年月日 (1964-06-03) 1964年6月3日(53歳)
身長 167cm
体重 57kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 服部正利(1984 - 1986)→
田中良平(1986 - 1987)→
フリー(1987 - 1997)→
西浦勝一(1997 - 1999)→
フリー(1999 - 2010)→
岩元市三(2010 - 2010.10.31)
初免許年 1984年
免許区分 障害
騎手引退日 2010年10月31日
重賞勝利 10勝
G1級勝利 1勝
通算勝利 1780戦164勝
テンプレートを表示

当初は平地競走でも騎乗していたが、体重増加により障害競走専門騎手となった。引退当時JRA騎手では唯一の障害競走専門騎手となっていた。

来歴

馬事公苑第32期生(最終年)を卒業後、1984年3月栗東・服部正利厩舎所属騎手としてデビュー、同期騎手に中舘英二坂本勝美木幡初広鹿戸雄一谷中公一などがいる。同年3月11日初勝利を記録、また1年目より障害競走にも騎乗し、2年目となる1985年1月に障害初勝利を挙げている。

1年目に平地のみで18勝を挙げた出津は、2年目以降その平地騎乗数を減らす一方、障害での騎乗数を伸ばし始める。その後も双方の競走免許を所持していたが、1988年9月を最後に平地への騎乗機会はなくなりのちに平地免許を返上、障害専門騎手に転向となった。

転向後は毎年50-70回の騎乗を維持し障害競走の中心騎手として活躍を続け、1987年京都大障害(春)にてハクホウダンディに騎乗して重賞初勝利を達成。1997年にはポレールに騎乗し中山大障害(春)を制覇、この年の勝ち鞍は3勝にとどまるも優秀障害騎手賞を受賞する。

2000年9月障害振興の一環としてフランスのオートゥイユ競馬場にて障害戦騎乗(16頭中11着)も果たしている[1]

2004年には中山大障害メルシータカオーで制し、この年の初勝利がJ・GI制覇となった。勝利騎手インタビューで「今年未勝利だったから(引退を)考えていた」「来年も何とかジョッキーを続けたいんですけどねえ」というコメントを残した。

出津はその後も現役を続けたが、このレースが最後の重賞勝利となり2010年10月31日付けで騎手を引退、岩元市三厩舎の調教助手へと転身した[2]

おもな騎乗馬




「出津孝一」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「出津孝一」の関連用語

出津孝一のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



出津孝一のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの出津孝一 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS