メソポタミア神話
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死後の世界
古代メソポタミアの人々は死後の世界はこの世界の下に広がっていると信じていた。アラル(Arallû)と呼ばれたり、ガンゼル(GanzerあるいはIrkallu、偉大な地下の意)と呼ばれたりと不定であるが、社会的地位、生前の行いに関わらず死んだ者はみなそこへ行くと信じられていた[49]。キリスト教のヘル(地獄)とは違い、メソポタミアの冥界は罰でも報いでもなかった[50]。とはいえ冥界でも生前と同じ状態ですごしているというわけではなく、死者は非力な幽霊として扱われる。イシュタルの祖先が冥界へ行く神話では塵が彼らの食べ物、粘土が彼らの栄養であり、暗闇に暮らし、光を見ることはない、と語られる。いくつかの神話、たとえばアダパ(Adapa)の神話などでは、おろかさのためにすべての人間は死を免れない。永遠の命は神々のみが所有する、と語られている[18]。
終末論
終わりの時に関するメソポタミアの説話の存在は知られていない。しかしメソポタミアの人々がなんらかの終末論を持っていたのだろうと推測されてきた。この推測は大部分がベロッソスの著述によるものである。彼は、メソポタミア人は世界が12のサー(sar、3600年)を12回繰り返すと信じている、と記述している。つまりメソポタミア人の少なくとも一部は世界は518,400年で終わりを迎えると信じていたことになる。終末の後に何が起こるかに関してはベロッソスは書き残していない[51]。
歴史学による研究
研究に対する困難
メソポタミアに関する学問(アッシリア学)の歴史は浅く、19世紀の半ばに始まったに過ぎない[52]。そしてメソポタミアの宗教に関する研究は複雑で難解なテーマとなってしまっている。それについていくつか理由が挙げられる。まず、そもそも彼らの宗教は習慣によってのみ規定されており、公的な統制がとられていない[53]。そして教義に沿った宗教というわけでもなく、体系化されているわけでもない。神話の中の神々、登場人物、そして彼らの行動はそれぞれ時代によって性格や重要性が変化する。場合によっては全く対照的な描かれかたをすることすらある。加えて宗教に関する文献(聖典)がメソポタミアの世界でどのような役割を持っていたのかが分かっていないこともこの学問を難しくしている[54]。
何十年もの間、古代中近東を専門とする学者メソポタミアの宗教を単一の宗教と捉えることは不可能なのではないかと議論されてきた。レオ・オッペンハイム(Leo Oppenheim)はメソポタミアの宗教を体系的に説明することはできないし、するべきではない、と語っている[55]。一方で、例えばジャン・ボッテロ(Jean Bottéro)のような学者は、メソポタミアの宗教を小さいグループに分けるには余りにも複雑すぎるとして反対している。いわく、
- 公式な宗教、個人的な宗教、知識人の宗教といった具合に社会的集団、文化的集団ごとにカテゴライズして考えるべきだろうか。それともエブラ、マリ、アッシリアと都市ごとに分けるべきだろうか。セレウコス朝、アケメネス朝、新バビロニア、ネオ・アッシリア、カッシート、古代バビロニア、ネオ・シュメール人、古代アッカド時代と時代ごとに分けるべきだろうか。軽率なことを言う人もいるが、その中に独立した宗教はなく、連続した状態のひとつの宗教体系が存在するだけなのだ。そのようなアプローチは極端に過ぎるし、全く無意味である[56]。
汎バビロニア主義
19世紀後半に発展した理論である汎バビロニア主義ではタナハの多くの説話[57]、旧約聖書、クルアーンは、この地域一帯を数世紀にわたり支配していたメソポタミアの神話上の歴史をベースにして、そして影響を受けて書かれたと信じられている。特にエヌマ・エリシュは天地創造と比較される。エステルの物語はアッシリア・バビロニアの時代にルーツを求めることができる。大洪水とノアの方舟はギルガメッシュ叙事詩の影響が指摘されている。聖書のニムロドの物語は実在したアッシリアの王トゥクルティ・ニヌルタ1世が[58]或いはアッシリアの戦争の神ニヌルタが元になっていると考えられている[59]。またリリスはアッシリアの悪魔リリツ(Lilitu)が[60]、バベルの塔はアッシリア、バビロニアのジッグラトが元になっていると考えられている[61]。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教も聖書が部分的に異教徒の聖典に由来するものだという主張に関して議論している。弁証学者は聖書のメソポタミアの神話との類似性よりも、違いにこそ重要な意味を見出している。彼らは聖書の物語にはメソポタミアの文献から直接引用された部分は存在しないとしている。すなわち、双方の聖典がさらに古い何らかの文献から個別に発展した可能性を指摘している[62]。例えば洪水の物語は世界中ほとんどすべての文化のなかに見ることができ、そこにはメソポタミアと直接のかかわりを持たなかった文化も含まれる。また別の弁証学者によれば、メソポタミアの神話は、シンプルな聖書の物語に比べて美しく潤色されている。1968年にはシンプルな聖書の記述に近い創造神話の物語が記された粘土板がエブラ(Ebla)で見つかった。当初メディアはペティナト(Pettinato)や他の学者が綿密な調査に先立って発表した仮説に基づき、エブラの粘土板と聖書との関係をセンセーショナルに伝えた。しかしこの仮説は現在全く実態の無い主張であり人々を混乱させたとして広く否定されている[63]。聖書の歴史研究におけるエブラの粘土板の重要性は低いというのが現在は大ねむ一致した見解である[64]。
ペルシアのダリウス1世(Darius I)の戦いを描いた紀元前520年から519年の碑は一見すると西アジアにおける最初のゾロアスター教の痕跡のように見える[65]。 碑には翼の生えた日輪とその中に人が配置されたシンボルが描かれている。これはアッシリアでは国の神アッシュールを表していた。一方でアケメネス朝の彫刻ではアフラ・マズダを[66]、または王国それ自体、あるいは支配者の守護神を表わすシンボルであった[67]。
メソポタミアの文献には3つの海運都市が描かれている。ペルシア湾のディルムン(Dilmun)、パキスタンのメルッハ(Meluhha)がすべてアッカドのサルゴンによる文献の中に触れられている[68]。さらにメソポタミアの儀式や習慣、単一神教という性質には現代のヒンドゥー教との類似性が見られる。直接結びつけることは大胆に過ぎるが、ポセル(Possehl)をはじめとした学者は複雑な古代インドの宗教がメソポタミアの宗教との類似性を持っていた可能性を指摘している。この場合洪水の物語や世界を3つに分ける考え方、神々と悪魔のもつ役割を深く掘り下げる必要がある。
現代に残る影響
ポップカルチャーへの影響
メソポタミアの宗教、文化、歴史、神話は音楽の形で影響を残している。アッシリア、シリアの民族音楽はもちろん、メレケス(Melechesh)など多くのヘヴィメタルバンドがメソポタミアの神々から名前を借りている。アッシリア人は今日に至るまで個人の名前に神話の神々や登場人物の名前を借りている。アッシュール、ハダド(Hadad)、シャマシュ、リリツ、センナケリブ、シン(Shinu)、サルゴン、セミラミス、イシュタル、ラマス(Lamassu)はありふれた名前となっている。タンムーズなどいくつかのアッシリアの暦の月の名前はやはり神々の名前で、すべての年号は神々の祝福を受けたものとして名づけられる。
新宗教運動への影響
20世紀21世紀のいくつかの新宗教には古代メソポタミアの神々を崇拝するものがある。ネオペイガニズムのいくつかの系統もメソポタミアの神々を信仰の対象としている。
ヨハネの黙示録
ヨハネの黙示録ではバビロニアは背徳的な宗教として描かれ、そしてグローバルに交易を担っていた宗教的、政治的体制の典型として描かれている。ヨハネの黙示録によればこの体制は1世紀まで地域を支配し、最終的に滅んでいる。いくつかの解釈によれば、この体制はローマ帝国を指しているとしている[69]。一方でこの体制は現代にも残り続けており、それは再臨の時まで続くとする解釈もある[70][71][72]。
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