ペプチド合成 遺伝子工学的ペプチド合成

ペプチド合成

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/07 00:43 UTC 版)

遺伝子工学的ペプチド合成

遺伝子工学的ペプチド合成はDNA合成逆転写酵素制限酵素の発見などを技術的な基盤として1970年代後半に確立された。1977年に板倉啓壱らによって行なわれた大腸菌を用いたソマトスタチンが最初の例である。

遺伝子工学的ペプチド合成は以下のような手順で行なわれる。

  1. 目的のアミノ酸配列をコードしたDNA断片を調製する。
  2. DNA断片をベクターへ組み込む。
  3. ペプチドを産生させる細胞にベクターを取り込ませる。
  4. プラスミドを取り込んだ細胞のみを選別する。
  5. 選別した細胞を増殖させ、産生されたペプチドを回収する。

DNA断片の調製

目的のアミノ酸配列をコードしたDNA断片の調製方法には大きく分けて2種類ある。

1つは化学的にDNAを合成する方法である。現在では自動合成装置が市販されており、これを用いて望み通りの塩基配列を持つDNAを合成することが可能である。合成するDNAの塩基配列には目的とするアミノ酸配列をコードする翻訳領域の他に、ベクターと結合させるための制限酵素認識部位が必要である。また、できたペプチド鎖を酵素などで切り出すためのアミノ酸配列に対応する塩基配列を組み込むこともある。自動合成では塩基がうまく結合せず塩基配列の一部が欠損したDNAが生成し、その割合は塩基数が多くなるほど増える。そうすると完全な塩基配列を持つDNAを精製して取り出すのが困難になってくるので、合成できる配列の塩基数には上限がある。

もう1つは目的とするペプチドの翻訳元であるmRNAから調製する方法である。目的とするペプチドを産生している細胞内には、そのペプチドの翻訳元であるmRNAが必ず存在しているはずである。まず、その細胞内に存在するすべてのmRNAを混合物として取り出した後、mRNAの3'末端のポリアデノシン一リン酸配列に結合するオリゴデオキシチミジン一リン酸の5'末端に後でベクターと結合させるために必要な制限酵素認識配列を結合させたDNA断片をプライマーとして加え、逆転写酵素によりcDNA(にプライマーが結合したもの)を調製する。こうして調製したcDNA混合物に対し、目的のcDNAと結合する塩基配列に制限酵素認識配列を結合させたプライマーを添加してPCR法を行う。すると目的とするcDNAのみが増幅されて得られる。得られるcDNAは目的とするアミノ酸配列をコードする塩基配列の前に制限酵素認識部位を、後ろにポリアデノシン一リン酸配列と制限酵素認識配列を結合したものになる。

ベクターの組み換え

遺伝子を発現させてペプチドを合成するためのベクターとしては対象とする細胞の種類によりプラスミドバキュロウイルスなどが用いられる。ベクターにはある種の抗生物質への耐性を持たせる遺伝子と、ペプチド合成を制御するためのプロモーターオペレーター、リボソーム結合部位、そしてその下流に制限酵素認識部位を集めたマルチクローニングサイトや後述するDNAが導入された細胞の選別のための酵素をコードする遺伝子が組み込まれている。さらに得られたペプチドを精製しやすくするためのポリヒスチジンタグをコードする遺伝子やペプチダーゼで目的のペプチドを切り出すための酵素認識部位をコードする遺伝子を含むこともある。DNA断片はマルチクローニングサイトに導入される。ソマトスタチンの例ではラクトースオペロン内のβ-ガラクトシダーゼをコードするlacZ内に導入された。

DNA断片のベクターへの組み込みは以下のように行なわれる。まず調製したDNA断片の両末端に導入した制限酵素認識配列を制限酵素により切断して付着末端を作る。ベクターの側も制限酵素で切断して付着末端を作る。この2つを混合すると付着末端同士がアニーリングし、ベクターにDNA断片が組み込まれる。これをDNAリガーゼでライゲーションしてDNA断片を結合させる。

ベクターの取り込み

DNA断片を組み込んだベクターをターゲットとなる細胞に導入する方法はいくつかある。大腸菌では塩化カルシウム塩化ルビジウムで処理してコンピテントセルとしてプラスミドを取り込ませる方法、マイクロインジェクションにより直接導入する方法、電気により細胞膜に穴を開けてそこからプラスミドを導入する電気穿孔法などがある。酵母では細胞壁ペプチドグリカンを除去したスフェロプラストにDNAを取り込ませるスフェロプラスト法、酢酸リチウム溶液で処理してDNAを取り込ませる酢酸リチウム法などがある。

取り込んだ細胞の選別

ベクターを取り込んでいない細胞や制限酵素による切断がなされなかったことによりDNA断片が取り込まれていないベクターを取り込んでしまった細胞も存在しているため、DNA断片が組み込まれたベクターを取り込んだ細胞だけを選別することが必要となる。これにはベクター上にある遺伝子を利用した2段階選別法が用いられる。

ベクター上にはある種の抗生物質への耐性を与える遺伝子があるため、ベクターを取り込んだ細胞は培地にその抗生物質が含まれていても増殖が可能である。そこで抗生物質を添加した培地でコロニーを形成した細胞はベクターを取り込んでいることが分かる。

またDNA断片がベクターに組み込まれた際に、DNA断片が挿入された位置にあった遺伝子はその機能が失われる。DNA断片はある酵素の遺伝子上に挿入されるため、その酵素の働きが失われることになる。例えばβ-ガラクトシダーゼの働きが失われたことは、X-galを分解して青色の色素を形成する能力が失われたことで知ることができる。このようにしてDNA断片が組み込まれたベクターを取り込んだ細胞だけを選別できる。

ペプチドの回収

組み換えDNAから産生されるペプチドは細胞の機能に影響して増殖を不可能にしてしまうことがある。そのためオペレーターによって遺伝子の発現は抑えられている。インデューサーを添加することによって遺伝子が発現し、ペプチドの産生が開始される。

産生されるペプチドはDNAの導入されたベクターによって欲しいペプチドそのものではないことがある。ソマトスタチンの例ではβ-ガラクトシダーゼの遺伝子の途中にソマトスタチンの遺伝子を挿入したため、ソマトスタチンのN末端側にβ-ガラクトシダーゼのN末端側アミノ酸配列の一部が結合した融合タンパク質として得られてきた。なお、ガラクトシダーゼのC末端側の配列はソマトスタチンの遺伝子の終止コドンによって翻訳が停止するため付加されない。ソマトスタチンの遺伝子の手前にメチオニンのコドンを導入しておき、臭化シアンでこのメチオニンを分解することによってソマトスタチンの切り出しを行なっている。他にペプチダーゼの酵素認識部位をコードする遺伝子を導入しておき、ペプチダーゼで目的のペプチドを切り出す方法なども知られている。


  1. ^ 1980年代には液相法によるペプチド合成装置も開発されたが今日では固相合成法に基づく装置にとって代わられた
  2. ^ 泉屋信夫ら、1.2.2.ペプチド合成の歴史、『ペプチド合成の基礎と実験』、pp4-5.丸善、1985. ISBN 4-621-02962-2.
  3. ^ Peptide coupling agents can cause severe allergic reactions, c&en
  4. ^ Kate J. McKnelly; William Sokol; James S. Nowick (2020), “Anaphylaxis Induced by Peptide Coupling Agents: Lessons Learned from Repeated Exposure to HATU, HBTU, and HCTU”, J. Org. Chem. 85 (3): 1764–1768, doi:10.1021/acs.joc.9b03280 


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