ベルヌーイの定理 揚力とベルヌーイの定理

ベルヌーイの定理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/20 15:44 UTC 版)

揚力とベルヌーイの定理

ベルヌーイの定理は十分に検証された理論である[5][6][7]。翼の周りの流体の速度分布が正しくわかれば、翼に発生する揚力の大きさをベルヌーイの定理を使って十分に良い精度で計算できる。しかし、ベルヌーイの定理では翼の形から流体の速度分布を求めることはできないので、翼の周りの流体の速度分布を説明する理論は別途必要である。その理論について誤解がある。

同着の原理にまつわる誤解

揚力についての一般向けの解説には、

「同着の原理」のため翼の上の流れが下の流れより速くなり、ベルヌーイの定理により翼の上の圧力が下の圧力より小さくなり、よって上向きの揚力が発生する

と説明しているものがある[8]

「同着の原理」とは、「翼の前縁で上下に別れた流体は翼の後縁に同着する。」という原理である。この原理により、翼の上の経路長が下の経路長より長い場合、「翼の上を流れる速さが下の速さより大きくなる」という翼の周りの流体の速度分布が「導かれる」。しかし、実際には、上面の流れの方が後縁により早く到着し、同着の原理は成り立たない[9]

現在、「同着の原理」が間違いであることは広く知られるようになった。しかし、「ベルヌーイの定理を揚力の説明に使うのは誤りで、流線曲率の定理やニュートンの運動方程式を使うべきだ」という誤解も見られるようになった。

一般向けの説明で誤っているのは「同着の原理」のみであり、「同着の原理」はベルヌーイの定理とは無関係である。むしろ、同着原理の不成立に導いた、上面の流れの方が後端により早く到着するという実験事実は、ベルヌーイの定理による揚力の発生を「補強こそすれ、否定的な意見とはならない」[10]。 また、ベルヌーイの定理が間違いで流線曲率の定理やニュートンの運動方程式が正しいというのは矛盾を含む。翼の周りの流体の速度分布が正しくわかれば、ベルヌーイの定理でも、流線曲率定理でも、運動量変化と力積(あるい反作用)の関係でも、正しく適用する限り、同じ結果が得られる。なぜなら、これらはいずれもニュートン力学に起源を持つ理論だからである[11][12]

コアンダ効果とクッタの条件

翼の周りの速度分布を説明する理論としては、「同着の原理」のほかに、コアンダ効果[13][14]クッタの条件などがある。

コアンダ効果は「粘性の効果によって翼の形に沿うように流れる」というもので、これと作用反作用則を使った揚力の原理の説明はベルヌーイの定理を使わない説明として知られている。ただし、コアンダ効果は本来噴流(ジェット)が物体に沿う性質であり、通常の翼には噴流は発生しないので、コアンダ効果を通常の翼の速度分布の説明に使うのは不適切であるとの意見もある[15]ので、コアンダ効果を使った揚力の説明には疑問がある。

クッタの条件は「粘性の効果によって翼の後端のエッジにおいて気流が翼から離れる」というものである。適切な形の翼に対して、クッタの条件に基づき循環量を決定(= 速度分布を決定)し、クッタ・ジュコーフスキーの定理を使って循環量と速度から計算した揚力が、実験ともよく合うことが知られている[16]。なお、「クッタ・ジュコーフスキーの定理」の導出にはベルヌーイの定理が使われている。


  1. ^ 日野幹雄 『流体力学』朝倉書店、1992年。ISBN 4254200668 
  2. ^ ベルヌーイの定理:楽しい流れの実験教室” (日本語). 日本機械学会流体工学部門:楽しい流れの実験教室. 2021年6月22日閲覧。
  3. ^ a b c d 巽友正 『流体力学』培風館、1982年。ISBN 456302421X 
  4. ^ Babinsky, Holger (November 2003). “How do wings work?” (PDF). Physics Education 38 (6): 497. doi:10.1088/0031-9120/38/6/001. http://www3.eng.cam.ac.uk/outreach/Project-resources/Wind-turbine/howwingswork.pdf. 
  5. ^ Batchelor, G.K. (1967). An Introduction to Fluid Dynamics. Cambridge University Press. ISBN 0-521-66396-2  Sections 3.5 and 5.1
  6. ^ Lamb, H. (1993). Hydrodynamics (6th ed.). Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-45868-9  §17–§29
  7. ^ ランダウ&リフシッツ 『流体力学』東京図書、1970年。ISBN 4489011660 
  8. ^ 飛行機はなぜ飛ぶかのかまだ分からない?? - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん - 松田卓也による解説。
  9. ^ Glenn Research Center (2006年3月15日). “Incorrect Lift Theory”. NASA. 2012年4月20日閲覧。
  10. ^ 早川尚男. “飛行機の飛ぶ訳 (流体力学の話in物理学概論)”. 京都大学OCW. 2013年4月8日閲覧。
  11. ^ Newton vs Bernoulli”. NASA. 2012年4月20日閲覧。
  12. ^ Ison, David. Bernoulli Or Newton: Who's Right About Lift? Retrieved on 2009-11-26
  13. ^ David Anderson; Scott Eberhardt,. "Understanding Flight, Second Edition" (2 edition (August 12, 2009) ed.). ,McGraw-Hill Professional. ISBN 0071626964 
  14. ^ 日本機械学会 『流れの不思議』(2004年8月20日第一刷発行)講談社ブルーバックス。ISBN 4062574527 
  15. ^ Report on the Coandă Effect and lift, オリジナルの2011年7月14日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20110714172646/http://newfluidtechnology.com/THE_COANDA_EFFECT_AND_LIFT.pdf 
  16. ^ Kundu, P.K. (2011). Fluid Mechanics Fifth Edition. Academic Press. ISBN 0123821002 






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