カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と熱帯保護林
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/04 08:54 UTC 版)
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カラクムル遺跡の建造物と周辺に広がる熱帯林 | |||
英名 | Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche | ||
仏名 | Ancienne cité maya et forêts tropicales protégées de Calakmul, Campeche | ||
面積 |
331,397 ha (緩衝地帯 391,788 ha) | ||
登録区分 | 複合遺産 | ||
文化区分 | 遺跡 | ||
IUCN分類 | VI (資源保護地域) | ||
登録基準 | (1), (2), (3), (4), (9), (10) | ||
登録年 | 2002年(第26回世界遺産委員会) | ||
拡張年 | 2014年(第38回世界遺産委員会) | ||
公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
地図 | |||
使用方法・表示 |
歴史
カラクムルで人が定住したのは先古典期中期で、後期には巨大なピラミッド型の「建造物II」が建てられている[1]。カラクムルの名は、もうひとつの「建造物I」と併せて「2つの隣り合うマウンド」が存在することを意味するが[1][2]、古典期には「蛇」を意味する「カーン」(Kaan) ないし「カン」(Kan) と呼ばれていたことが紋章文字から推定されており[2]、その出現頻度は当時の権勢の傍証になっている[1]。
先古典期の様子は直接的な文字資料を持たないが、他地域の遺跡との比較などを踏まえて、相応の権力基盤が成立していたものと推測されている[3]。その後、古典期前期には離れた都市にも支配を広げていたことが読み取られているが、カラクムル自体にはその頃に属する石碑は2つしかない[4]。その後、トゥーン・カブ・ヒシュ王の治世(6世紀前半)以降、領地拡大が顕著になり、広い範囲を勢力におさめていく[5]。ことに南のカラコルによるティカルに対する勝利(562年)およびその後のティカルの停滞には、カラクムルが大きく関わっていたとされる[6]。カラクムルはその後も勢力を拡大し、パレンケを2度破り、ナランホを攻略して最終的に支配下に置き、ティカルに対しても更なる干渉によって弱体化を狙った[7]。
しかし、ティカルに喫した大敗(695年)を境にマヤ南部唯一の超大国としての地位から陥落し、徐々に勢力を弱めてゆく[2][8]。そして542年から909年までに16人を数えたカラクムルの王統は[2][9]、909年と推測される石碑に刻まれたアフ・トーク王を最後に、以降確認できなくなる[10]。一般に10世紀末を以ってカラクムルは放棄されたと見なされている[11][12]。
カラクムルでは1450年から1550年の儀式の跡なども見つかっているが、密林に覆われて長らく忘れ去られていた[13]。1931年にサイラス・ランデルが発見した後も、その研究はなかなか進展しなかった。しかし、20世紀の第4四半期になると、紋章文字の研究や関連遺跡の碑文の研究が進展した結果、カラクムルの重要性が大いに注目されることとなった[13]。
構成資産
構成資産はカラクムル遺跡群と、周辺の生物圏保護区である。世界遺産登録面積は331,397 ha、緩衝地帯は391,788 ha で、その合計 723,185 ha はカラクムル生物圏保護区の総面積に一致する[14]。
カラクムル遺跡
カラクムルの都市遺跡は30 km2 (3,000 ha)の面積に6,000以上[注釈 1]の建造物群が残り、マヤ低地南部では最大級の都市遺跡である[15][16]。また、石碑の数120はメソアメリカ最多である[15][2]。そのうち100以上が西暦652年から752年に建てられており、その期間がカラクムルの絶頂期ともほぼ対応する[17]。この都市の中心部22 km2の範囲に約22,000人[15]、周囲も含めた70 km2に約5万人が暮らしていた時期があったと考えられている[18]。
カラクムル周囲に大河川はなく、雨季に水の溜まるバホと呼ばれる窪地のそばに築かれた都市の一つである。カラクムルに限らず、先古典期には大きなバホ沿いに都市が築かれることがしばしばであった[19]。カラクムルの場合、石灰石の地盤を穿ったチュルトゥンと呼ばれる地下貯水池も含め、40近くの貯水池を擁していた[15]。
都市内に残る主な構造物は以下の通りである。
- 建造物I - 底辺 85 x 95 m、高さ 50 m[15][20]。これはカラクムルで2番目に高い建物で、200 x 50 m の中央広場周辺に配置されている[20]。
- 建造物II - 底辺は縦横共に 140 m、高さ 55 m で、カラクムルで最大の建物である[15][20]。この神殿ピラミッドは王陵として用いられ[21]、ヒスイの仮面をはじめとする複数の副葬品が出土している[15]。
- 建造物III - 王宮として機能していた建物である[15][20]。古典期前期の墓所も含まれており、ヒスイ製品や土器なども多数発見された[15][20]。その出土品からは王権の強大さが推測されている[2][22]。
- 建造物IV - この建物は建造物VIと共に、太陽の運行にあわせて公共広場の東西で対をなしている[23]。こうした建物の配置は他のマヤ都市でも見られ、「Eグループ」と呼ばれている[24]。
カラクムルにも、マヤ都市に見られるサクベと呼ばれる舗装された道が15本通っており、その中にはエル・ミラドールに通じる「サクベ6」など、他の都市と繋がるサクベもあった[25]。
2014年に大幅拡大された3,300 km2あまりの世界遺産登録範囲には、250箇所の関連遺跡群が残っている[14]。
カラクムル生物圏保護区
カラクムルにはメソアメリカで2番目に大きな森林(熱帯林)が残されており[26][27]、メキシコ国内で最大の森林保護区となる[28]。そのカラクムルでは、1989年5月13日に大統領令で生物圏保護区が設定された[29]。その面積723,185 ha はメキシコ最大級である[注釈 2]。その境界はベリーズ国境や[30]グアテマラの世界遺産のティカル国立公園とも近い[31]。
メキシコが属するメソアメリカ生物多様性ホットスポットは世界第3位の規模とされ[31]、その生物相は非常に豊かである[2]。そのメキシコの固有種の動物約800種の大半が、カラクムル一帯に棲息している[29]。
カラクムルの世界遺産登録範囲で確認されている生物種は以下の通りである。
- 植物 - マホガニー、シダー、コルディア・ドデカンドラなどの726属1569種[28][32]。51種はカラクムルで発見された新種であった[32]。
- 哺乳類 - 107種(メソアメリカホットスポット内の25%)[31]。ジャガー、ピューマなどのネコ科、ホエザル、クモザルなどの霊長類、クチジロペッカリー、パンドラマザマおよび異節類、コウモリのほか[27][28]、絶滅危惧種のベアードバクなどを含んでいる[33]。
- 鳥類 - トキイロコンドル、アカエリクマタカ、ヒョウモンシチメンチョウなど、タイランチョウ科43種、アメリカムシクイ科37種、タカ科31種やオウム目、水鳥などを含んでおり[27][28][33]、国際自然保護連合 (IUCN) はメソアメリカホットスポット内の35%に当たる398種とし[31]、世界自然保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC) はメキシコ国内の46%にあたる489種としている[33]。
- 爬虫類 – クロコダイル科、ツノトカゲ科などを含む21科84種[32]。
- 両生類 - 19種。そのうち9種がアマガエル科で他は6科に分かれる[32]。
- 淡水魚 - 48種[31]。
- 蝶 - カンペチェ南西部の423種のうち、290種が最初にカラクムルで記録された上、固有種も47種含まれる[33]。
注釈
- ^ 佐藤 2006a(p.2)や市川 2014では6,250、関 & 青山 2005では6,345となっている。
- ^ 佐藤 2006aではメキシコで2番目とされており、IUCN 2014ではメキシコ最大とされている。
- ^ 2009年の第33回世界遺産委員会での審議のため、その締め切りである2008年2月1日までに推薦書が提出されたことはあったが、書類不備で審議されなかった(List of complete nominations received by 1 February 2008 and for examination by the Committee at its 33rd session (2009) (WHC-08/32.COM/INF.8B3.Rev), p.2)。
- ^ 見出しでは「カンペチェ州、カラクムールの古代マヤ都市と保護熱帯林」だが、本文中には「カンペチェ州、カラクムールの古代マヤ都市と熱帯雨林保護区」とある(東京文化財研究所 2014, p. 241)。
- ^ 佐藤 2006aやICOMOS 2014は60 km、地球の歩き方編集室 2014は55 km としている。
出典
- ^ a b c 佐藤 2006b, p. 2
- ^ a b c d e f g 市川 2014, p. 281
- ^ 佐藤 2006b, p. 3
- ^ 佐藤 2006b, p. 5
- ^ 佐藤 2006b, pp. 5–6
- ^ 佐藤 2006b, p. 6
- ^ 佐藤 2006b, pp. 7–10
- ^ 佐藤 2006b, pp. 10–12
- ^ a b c 佐藤 2006a, p. 3
- ^ 佐藤 2006b, p. 13
- ^ a b c 世界遺産検定事務局 2016, p. 387
- ^ 関 & 青山 2005, p. 68
- ^ a b 佐藤 2006a, pp. 2–3
- ^ a b c ICOMOS 2014, p. 43
- ^ a b c d e f g h i 関 & 青山 2005, p. 67
- ^ a b c 世界遺産アカデミー & 世界遺産検定事務局 2009, p. 149
- ^ 佐藤 2006a, p. 7
- ^ 青山 2005(口絵ii)
- ^ 青山 2015, p. 32
- ^ a b c d e 青山 2015, p. 129
- ^ 青山 2015, p. 171
- ^ 青山 2005, p. 156
- ^ 青山 2015, pp. 129, 175–177
- ^ 青山 2015, pp. 175–177
- ^ 青山 2005, pp. 46, 155
- ^ IUCN 2014, p. 117
- ^ a b c “Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche” (英語). UNESCO World Heritage Centre. 2023年5月4日閲覧。
- ^ a b c d “Región de Calakmul Biosphere Reserve, Mexico” (英語). UNESCO (2018年10月). 2023年3月24日閲覧。
- ^ a b 佐藤 2006a, p. 5
- ^ UNEP-WCMC 2015, p. 5
- ^ a b c d e IUCN 2014, p. 114
- ^ a b c d UNEP-WCMC 2015, p. 6
- ^ a b c d UNEP-WCMC 2015, p. 7
- ^ ICOMOS 2002, p. 2
- ^ ICOMOS 2002, p. 1
- ^ ICOMOS 2002, p. 4
- ^ IUCN 2014, p. 113
- ^ ICOMOS 2014, p. 42
- ^ ICOMOS 2014, p. 49
- ^ IUCN 2014, pp. 115–118
- ^ 東京文化財研究所 2014, p. 240
- ^ 東京文化財研究所 2014, pp. 240–241
- ^ a b 東京文化財研究所 2014, p. 241
- ^ 日本ユネスコ協会連盟『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、2013年、p.37
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 2014, p. 29
- ^ 古田 & 古田 2014, p. 189
- ^ 東京文化財研究所 2014, p. 239
- ^ 『なるほど知図帳・世界2015』昭文社、2015年、p.155
- ^ a b 地球の歩き方編集室 2014, p. 272
- ^ 佐藤 2006a, p. 4
- ^ ICOMOS 2014, p. 46
- ^ UNEP-WCMC 2015, p. 8
- ^ 佐藤 2006a, pp. 4, 6
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