日本語訳文におけるフランス語正文との齟齬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 06:51 UTC 版)
「樺太・千島交換条約」の記事における「日本語訳文におけるフランス語正文との齟齬」の解説
樺太・千島交換条約の正文はフランス語である。ロシア語および日本語は正文ではなく、また条約において公式に翻訳されたもの(公文)でもないため、条約としての効力は有していない。日本語訳文には、第二款のクリル群島の部分に食い違いがある。 (フランス語正文)En échange de la cession à la Russie des droits sur l'île de Sakhaline, énoncée dans l'Article premier, Sa Majesté l'Empereur de toutes les Russies, pour Elle et Ses héritiers, cède à Sa Majesté l'Empereur du Japon le groupe des Îles dites Kouriles qu'Elle possède actuellement avec tous les droits de souveraineté découlant de cette possession, en sorte que désormais ledit groupe des Kouriles appartiendra à l'Empire du Japon. Ce groupe comprend les dix-huit îles ci-dessous nommées : 1) Choumchou・・・途中省略・・・18) Ouroup, en sorte que la frontière entre les Empires de Russie et du Japon dans ces parages passera par le détroit qui se trouve entre le cap Lopatka de la péninsule de Kamtchatka et l' île de Choumchou. (第1条に述べられたる、サハリン島に対する諸権利のロシアへの譲歩の代わりに、全ロシア皇帝は後継者に至るまで、現在自ら所有するところのクリル諸島のグループを、その所有に由来する凡ての主権とともに日本皇帝に対してゆずる。従って、上述のクリル諸島のグループは日本国に属する。このグループは以下に挙げる18島をふくむ。:1)シュムシュ…途中省略…18)ウルプ 従ってこの海域におけるロシア国と日本国の境界はカムチャツカ半島ロパトカ岬とシュムシュ島との間の海峡を通過することになる。) (日本語訳文)全魯西亜国皇帝陛下ハ第一款ニ記セル樺太島(即薩哈嗹島)ノ権理ヲ受シ代トシテ其後胤ニ至ル迄現今所領「クリル」群島即チ第一「シュムシュ」島…途中省略…第十八「ウルップ」島共計十八島ノ権理及ヒ君主ニ属スル一切ノ権理ヲ大日本国皇帝陛下ニ譲リ而今而後「クリル」全島ハ日本帝国ニ属シ柬察加地方「ラパツカ」岬ト「シュムシュ」島ノ間ナル海峡ヲ以テ両国ノ境界トス ここにおいて問題とされるのは、下線部の「le(定冠詞) groupe(グループ) des(の) Îles(島、島々) dites(いわゆる) Kouriles(クリル)」である。これを繋げると「クリル諸島の特定のグループ」という意味になる。また、qu'Elle以下の従属節が上記引用の訳文の「現在自ら所有するところの」に相当するが、この制限用法の関係代名詞は直前のKourilesではなく、一般名詞のle groupeを修飾すると解釈するのが自然である。つまり、正文のフランス語の意味するところは「いわゆるクリル諸島の中の、現在所有するところのグループ」ということとなる。 一方、日本語訳文では「現今所領『クリル』群島」と訳されており、「グループ」に対応する語として「群」と言う字が表れるが、単独の語として訳されていない。したがって「現今所領」「『クリル』」「群島」はすべて同じものを指すとの解釈が成り立つ。このため、日本語訳文ではクリル群島がここで挙げられている択捉水道より北の18島だけのように読めるが、フランス語正文では上述の通りそのように解釈は成立しない。また、フランス語正文では「従って、上述のクリルの諸島のグループは日本国に属する」とされている部分が日本語訳では欠落しており、それに代わって『而今而後「クリル」全島ハ日本帝国ニ属シ』の句が挿入されている。 クリル諸島の全体はどの島を指すのかを正文へ完全に明記していなかったことが、現在まで問題となっている。 いずれにせよ日露和親条約において得撫島より南、択捉島以南のいわゆる北方四島はすでに日本領として確定していたため、樺太・千島交換条約においてこの誤訳が問題となることはなかった。
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