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日本ハリストス正教会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/29 00:49 UTC 版)
(日本正教会 から転送)
日本ハリストス正教会(にほんハリストスせいきょうかい)は、キリスト教の教会。- ^ コンスタンディヌーポリ総主教庁は日本正教会の自治教会としての地位は認めていないものの教会法上の合法性は認めており、コンスタンディヌーポリ総主教庁と日本正教会の間にはこれまで首脳同士の相互訪問も行われている。詳細は本記事内の「交流年表」を参照。
- ^ 教会ホームページ等での表記による。海外の媒体では"Japanese Orthodox Church"等となっているケースも見られるが、日本正教会の用いる公式な表記ではない。
- ^ 府主教ダニエル監修・府主教セルギイ著『東京復活大聖堂と関東大震災』正教時報社(ニコライ堂ほか各地正教会で入手可能)27頁、他類例多数。
- ^ Welcome to the Orthodox Christian Faith("Greek Orthodox and Russian Orthodox are the same faith") - St. John Prodromos Greek Orthodox Churchのページ。(英語)
- ^ 中学生の質問にお答え (名古屋ハリストス正教会)
- ^ 2008年9月に函館ハリストス正教会に着任したロシア人司祭が、函館ハリストス正教会にとって実に115年ぶりのロシア人神品である所にも、日本正教会におけるロシア人聖職者の数が極めて少ないことが表れている。115年ぶりロシア人新司祭 函館ハリストス正教会 ドミトリエフさん(北海道新聞)
- ^ 参考:日本各地の正教会
- ^ 当時はまだ日本の正教会は自治教会ではなかったが、「日本正教会」の通称はかなり早くから用いられており、本項でも「聖自治日本正教会」成立以前の日本の正教会も「日本正教会」と呼称する。日本正教会が「自治教会」となったのは1970年である。
- ^ 中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』95頁・96頁、岩波新書、ISBN 9784004304586
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』13頁 - 15頁、ISBN 9784915730573
- ^ 中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』95頁、岩波新書、ISBN 9784004304586
- ^ 中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』91頁、岩波新書、ISBN 9784004304586
- ^ 牛丸康夫『日本正教史』(第二部第三章:大津事件、82頁~85頁)日本ハリストス正教会教団
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』300頁 - 301頁、成文社 2007年 ISBN 9784915730573
- ^ Welcome to the Orthodox Christian Faith("Greek Orthodox and Russian Orthodox are the same faith") - St. John Prodromos Greek Orthodox Churchのページ。(英語)
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』237頁、成文社 2007年 ISBN 9784915730573
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』303頁 - 310頁、成文社 2007年 ISBN 9784915730573
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』311頁 - 313頁、成文社 2007年 ISBN 9784915730573
- ^ 出典:中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』191頁~194頁、岩波新書(1996年:第一刷) ISBN 9784004304586
- ^ 長縄光男『ニコライ堂遺聞』317頁 - 319頁、成文社 2007年 ISBN 9784915730573
- ^ 昇叙(しょうじょ)-それまでの功績により、聖職者としての位が上げられることをいう。
- ^ 1931年、セルギイ・チホミーロフは府主教となる。
- ^ 出典:高橋保行『迫害下のロシア正教会 無神論国家における正教の70年』83頁、教文館、1996年 ISBN 4764263254
- ^ 前掲『迫害下のロシア正教会 無神論国家における正教の70年』125頁
- ^ 前掲『迫害下のロシア正教会 無神論国家における正教の70年』126頁
- ^ 長野の会堂が閉鎖された後の1935年に、山下りんによるイコン3点が、札幌ハリストス正教会に移された。出典:『大正の鬼才 河野通勢 新発見作品を中心に 展図録』200頁(美術館連絡協議会、2008)
- ^ 牛丸康夫『日本正教史』(第三部第一篇第六章:日本在住のロシア人、136頁~142頁)日本ハリストス正教会教団
- ^ この段落と次段落の主要参考図書:府主教ダニエル監修・府主教セルギイ著『東京復活大聖堂と関東大震災』正教時報社(ニコライ堂ほか各地正教会で入手可能)
- ^ 出典:『大正の鬼才 河野通勢 新発見作品を中心に 展図録』208頁(美術館連絡協議会、2008)
- ^ この時、岡田信一郎によって一部外観が変更された。
- ^ 成聖式-せいせいしき。建造物・物品を聖にすること。
- ^ 出典:前掲『東京復活大聖堂と関東大震災』53頁。府主教セルギイは主教マッキム博士のことを「故大主教ニコライと私の大親友」と記している。
- ^ この段落の出典:牛丸康夫『神のみ旨に生きた激動時代の僕たち』日本ハリストス正教会教団(1985年11月3日発行)
- ^ この時モスクワではソ連によってティーホン総主教の後任が置かれず、200年の時を経て復活したモスクワ総主教座はまたしても空席となっていた。この時のロシア正教会のトップは府主教セルギイ・ストラゴロドスキイである。彼は日本に赴任していたことがあり、セルギイ・チホミーロフとも旧知の仲であった。邦訳著書:セルギー/佐藤靖彦・訳『ロシア人宣教師の「蝦夷旅行記」』新読書社
- ^ 府主教ダニイル監修・府主教セルギイ著『東京復活大聖堂と関東大震災』58頁から71頁、2002年、正教時報社
- ^ 正教時報2009年6月号(PDF)、正教時報2009年7月号(PDF)
- ^ a b c ロシア正教会駐日ポドウォリエの歴史から
- ^ 牛丸康夫『日本正教史』155頁、日本ハリストス正教会教団府主教庁 1978年5月
- ^ この項の参考サイト:宣教師ニコライの全日記
- ^ 出典:内井昭蔵『ロシアビザンチン 黄金の環を訪ねて』丸善 ISBN 978-4-621-03548-1(6頁)
- ^ a b 教会なんでも質問箱(名古屋ハリストス正教会)
- ^ 信仰生活 (日本正教会公式サイト)
- ^ 本節出典:質問:「アミン」「ハリストス」「聖神゜」「生神女」の意味は?(正教会の語彙)、教派いろいろ対照表
- ^ 本項では現代ギリシャ語に近い読みを採用する。日本正教会でギリシャ語を表記する際には古典風の再建音よりも現代読みを用いることが多く、関連書籍・参考書籍とも整合性が取れるからである。ちなみに古典風の再建音では Ἄγιο Πνεύμα」(ハギオ・プネウマ)、ψυχή(プシュケー)となる。
- ^ 出典:正教の教義と特色
- ^ 字体が存在しないため、ここでは丸印は半濁点で代用した。厳密には右上の丸印は「神」の字にもう少し寄っている。
- ^ 現代ギリシャ語読み。古典再建音では「テオトコス」。
- ^ 戦前・戦後すぐの時期には書籍や聖堂名で用いられているケースもあったが稀である。現在では用例は一切みられなくなった。また、明治時代から現在に至るまで一貫して、祈祷書では「聖母」という表現は用いられない。
- ^ 現代ギリシャ語読みを採用。「リトルギア」も現代ギリシャ語読み。古典再建音では「レイトゥールギア」。
- ^ 現代ギリシャ語読み。古典再建音では「テイア・レイトゥールギア」。
- ^ ここでも教会スラヴ語のロシア語風再建音を採用。
- ^ 書籍での事例:高橋保行『ギリシャ正教』講談社学術文庫:292ページ
- ^ 「晩祷」…日本正教会で執筆に関わっている者はこれら晩の祈りを識別出来るか、識別できない場合には問い合わせる聖職者が身近にいることがほとんどであり、このような用語を用いる必要があるケースがまれであるが、晩の祈りの総称として使われないわけではなく、正教徒からも抵抗の少ない用語ではある。
- ^ 高橋保行『ギリシャ正教』(講談社学術文庫)内にこの事例がみられる。
- ^ 明治初期の文献には記述例がみられるが、明治後期以降、用例はみられない。昭和以降は全て「輔祭」で統一されている。
- ^ 現代ギリシャ語読み。古典再建音では「ハギオス・イスキュロス」。
[続きの解説]
「日本ハリストス正教会」の続きの解説一覧
日本正教会に関連した本
- 聖ニコライ大主教―日本正教会の礎 高橋 保行 日本基督教団出版局
- 聖ニコライ大主教―日本正教会の礎 高橋 保行 日本キリスト教団出版局
- 明治の日本ハリストス正教会―ニコライの報告書 中村 健之介 教文館
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