日本の高山植物分布型
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 08:48 UTC 版)
「日本の高山植物相」の記事における「日本の高山植物分布型」の解説
日本列島には北極海周辺、アジア各地、千島列島やカムチャッカ半島、アラスカに起源を持つ植物や、低山帯から進出したと考えられる高山植物が分布している。これまで日本の高山植物について、地理的な分布やその起源による分布型についての研究が行なわれており、各研究者の間で分布型のカテゴリーや区分けに違いが見られるが、ここでは主に清水(1982、1983)の研究に依拠した佐藤 (2007) の分類を中心に、日本の高山植物の分布型とそこから見える日本の高山植物相の特徴について説明する。 日本列島にはシダ植物と種子植物を合わせておよそ500-600種の高山植物が生育していると考えられている。清水(1982、1983)は487種(128亜種)の高山植物が自生しているとし、その起源や地理的な分布域から汎世界要素、周北極要素、アジア要素、太平洋要素、低山要素、純日本固有要素の6群に分類した。なお清水は周極要素には周極要素、アジア・ヨーロッパ型、アジア・北アメリカ型の3つ、アジア要素は東北アジア要素、東アジア要素、北アジア要素、中央アジア要素、中国・ヒマラヤ要素、東南アジア要素、アジア大陸要素の7つ、太平洋要素は北太平要素、両太平洋要素、低山要素は純高山要素、侵入要素の2つという下位分類を行っている。 分布域種の数()内は亜種概要主な種汎世界要素10 (2) 北極、南極、世界の高山帯に分布する種とその近縁種 アオスゲ、コミヤマヌカボ、コメススキ、ヒメハナワラビ、ミヤマコウボウ 周北極要素130 (25) 北極海周辺を中心とした北半球北部に分布を持つ種とその近縁種 イワベンケイ、ウサギシダ、ウメバチソウ、キバナノコマノツメ、クモマキンポウゲ、クロマメノキ、コケモモ、ゴゼンタチバナ、チシマアマナ、ツマトリソウ、ミツガシワ、ミネズオウ、ムカゴトラノオ、モウセンゴケ、リンネソウ、ワタスゲ アジア要素180 (61) アジア大陸に分布を持つ種とその近縁種 イソツツジ、イブキジャコウソウ、イワウメ、イワギキョウ、イワブクロ、キバナシャクナゲ、キンロバイ、クルマユリ、コガネギク、コマクサ、シコタンハコベ、タカネスミレ、チングルマ、チシマザサ、ミヤマオダマキ 太平洋要素74 (14) 千島列島、アリューシャン列島、アラスカなど太平洋周辺に分布を持つ種とその近縁種 アオノツガザクラ、イワギキョウ、イワヒゲ、ウルップソウ、エゾコザクラ、エゾツツジ、クロユリ、シラタマノキ、ハクサンチドリ、マイヅルソウ、ヨツバシオガマ 低山要素50 (16) 日本および日本周辺の低山帯から進出したと考えられる種 タカネマツムシソウ、タカネトリカブト、チョウカイアザミ、ハクサンシャジン 純日本固有要素43 (10) 日本列島に起源を持ち、分布すると考えられる固有種 オゼソウ、オンタデ、シラネアオイ、シレトコスミレ、ナンブイヌナズナ 各分布域の代表の種とその画像を以下に示す。 汎世界要素周北極要素アジア要素太平洋要素低山要素純日本固有要素アオスゲ モウセンゴケ チングルマ エゾコザクラ タカネマツムシソウ シラネアオイ 日本列島の高山植物の分布型を詳細に見ると、興味深い事実が見えてくる。まず北海道の高山植物相は本州よりも汎世界要素や周北極要素の比率が明らかに高く、その上固有種の比率も低いため、北海道はより北方系の影響を強く受けており、高山植物の種も本州に比較して未分化であることが示唆された。また朝鮮半島の高山植物相は北海道よりも更に固有種の比率が低く、より北方系の影響が強い結果が示されており、島嶼である日本列島の地理的隔絶の強さが見えてくる。 また本州中部の高山帯では、周北極要素と太平洋要素が多く見られるが、日本海に近い飛騨山脈では太平洋要素の進出が目を引く。これは本州中部の高山帯から北海道にかけての雪田では太平洋要素の高山植物が多いことと同じく、海洋性の湿潤な気候であるアリューシャン列島などを起源とする太平洋要素の高山植物が、冬季には多雪に見舞われる日本海周辺や、長い期間雪に覆われる雪田に分布を広げたものと考えられている。 そして石灰岩地、かんらん岩地や蛇紋岩地といった特殊岩地には周北極要素とアジア要素の中でも東北アジア要素と東アジア要素が多く見られ、太平洋要素の高山植物が少ないことが明らかとなった。周北極要素は日本の高山植物の中でも最も寒冷な気候を好み、一方東アジア要素は温暖な気候を好むものと考えられる。また特殊岩地は極めて固有種に富むことが知られており、石灰岩地、かんらん岩地や蛇紋岩地の周北極要素と東アジア要素の植物にも多くの固有種が見られる。つまり特殊岩地には寒冷な気候と温暖な気候を好む固有種が共存していることになるが、これは最終氷期以前という古い時代に日本列島に渡ってきた高山植物が、氷河に覆われることがなかった特殊岩地で生育をするようになり、植物の生育に悪影響を与える成分を含む特殊岩地では間氷期になっても植物の進出が抑制され、また岩場が多い乾燥した環境である特殊岩地には太平洋要素の植物の進出が困難であり、古い時代に定着した周北極要素、東北アジア要素そして東アジア要素の高山植物が生き延びることが可能となり、やがて特殊な環境に適応した固有種に分化していったものと見られている。
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