ボグド・ハーン政権とは? わかりやすく解説

ボグド・ハーン政権

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 05:13 UTC 版)

ボグド・ハーン政権(ボグド・ハーンせいけん)は、1911年から1924年まで断続的にモンゴルを支配した政権国号大モンゴル国モンゴル語ᠣᠯᠠᠨ᠎ᠠ
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 Олноо Өргөгдсөн Монгол улс)と称し、中国名は大蒙古國拼音: Dà Měnggǔ Guó)。活仏ジェプツンダンバ・ホトクト8世(ボグド・ハーン)皇帝ハーン)として戴いた君主国


  1. ^ Baabar, Bat-Ėrdėniĭn Baabar, Christopher Kaplonski, Twentieth century Mongolia1 , White Horse Press, 1999, p.188.


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モンゴルの歴史」の記事における「ボグド・ハーン政権」の解説

詳細は「ボグド・ハーン政権」および「1911年モンゴル革命」を参照 1911年10月10日夜、清朝南部発生した武昌蜂起きっかけ辛亥革命が起こると、その12月29日外蒙古であるハルハ部王公たちはジェブツンダンバ8世元首推戴して清朝からの独立宣言したジェブツンダンバ8世はボグド・ゲゲーン(お聖人様)とも呼ばれていたため、後にボグド・ハーン呼ばれることとなる。このボグド・ハーン政権の樹立によって、ハルハ以外のモンゴル人大きな共鳴与え内蒙古四十九旗のうち三十五旗が合流希望しハルハ続いて独立宣言したホロンブイル地方バルグ族もハイラル占領してボグド政府忠誠を誓うなど、内モンゴル各地から多くモンゴル人合流してきた。しかし、内モンゴルでは張作霖や、袁世凱などの中国軍閥によって弾圧されモンゴル軍劣勢となった。ボグド政府独立以前からロシア交渉してきたが、なかなか支援を受けることが出来ず遂に1912年11月の露蒙協定で、ロシア独立宣言自治宣言格下げさせられた。1913年11月の露中宣言においてはロシア外モンゴルにおける中華民国宗主権認め中国内政通商産業にわたる外モンゴル自治認め、露中両国軍隊派遣せず、植民停止することが取り決められた。その後1914年9月から1915年6月まで行われたキャフタ会議において、モンゴルはその抵抗空しく、露中が定めた中国宗主権外蒙古自治認めざるを得なくなった。ただし、内モンゴル自治すら認められず、中国領に留め置かれた。 1917年ロシア革命により帝政ロシア崩壊すると、中華民国外蒙古自治撤廃もくろみ1914年以降から設置している庫倫都護使に着任した陳毅によって、『外蒙古自治撤回六十四箇条』がモンゴル支配層に用意されていたが、これより先に安福派の段祺瑞部下である徐樹錚フレー庫倫ウルガ)に入りボグド・ハーン宮殿武装兵士で包囲し自治返上迫った。これらに伴い1919年11月中華民国大総統令によって外蒙古自治撤廃公表され翌年1920年1月2日モンゴル人目の前で自治撤廃式典執り行われた。これにより、外モンゴルのボグド・ハーン政権は一旦消滅する1920年、“気ちがい男爵”と恐れられ白軍ウンゲルン男爵モンゴル領内入りフレー庫倫)の中国軍追い出し1921年2月ボグド・ハーン復位させた。モンゴル人初め彼を解放者として歓迎したが、中国人革命派弾圧しただけでなく、ロシア系ユダヤ人皆殺しにし、暴虐限りをつくすウンゲルンの姿に人々恐れをなし、ボグド・ハーンまでも密かに北京政府救援乞ういたった北京政府張作霖にその討伐命じたが、彼は動かなかった。一方1921年3月スフバートルチョイバルサンによってモンゴル臨時人民政府キャフタ樹立されると、400人のモンゴル義勇兵キャフタ中国軍追い払いロシア語版)、北上してきたウンゲルン男爵軍を破った。さらに700人の義勇兵ソヴィエト赤軍極東共和国軍が合わさって1万勢力となった臨時政府軍はフレー入りボグド・ハーン元首とする連合政府となった1924年ボグド・ハーン死去すると、臨時人民政府君主制廃止し11月モンゴル人民共和国成立させた。

※この「ボグド・ハーン政権」の解説は、「モンゴルの歴史」の解説の一部です。
「ボグド・ハーン政権」を含む「モンゴルの歴史」の記事については、「モンゴルの歴史」の概要を参照ください。

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