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サムスン電子
別名:三星電子,サムスンエレクトロニクス
【英】Samsung Electronics Co., Ltd., Samsung Electronics
サムスン電子とは、韓国ソウル市に本社を置く総合電子機器メーカーである。半導体やLCD(液晶ディスプレイ)、携帯電話端末などを中心に大きな世界シェアを持ち、韓国最大の電気機器メーカーとなっている。
サムスン電子は1969年に設立された。半導体事業を中心に成長を続け、現在ではFPD、HDD、MP3プレーヤー、ホームシアター関連システム、DVDレコーダーなどの電子機器から、冷蔵庫、洗濯機、空気清浄機などの白物家電までを生産する総合企業となっている。
日本においては現地法人である日本サムスン株式会社が設立されている。世界中に100以上の営業拠点があり、同じ韓国企業であるLGエレクトロニクスと共に、韓国を代表するメーカー企業となっている。
参照リンク
SAMSUNG
| 海外企業・団体: | Sun Microsystems SPWG salesforce.com サムスン電子 全米科学財団 シリコングラフィックス シマンテック |
ウィキペディア |
サムスン電子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 03:52 UTC 版)
サムスン電子本社
|
|
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 韓国証券取引所(005930, 005935)[1] ロンドン証券取引所 (SMSN LI, SMSD) ルクセンブルク証券取引所 (SAMDR) |
| 本社所在地 | ソウル特別市瑞草区瑞草洞1320番地 |
| 設立 | 1969年 |
| 業種 | 電気機器 |
| 代表者 | イ・ゴンヒ(会長) チェ・ジソン(代表取締役副会長) イ・ジェヨン(社長兼COO) |
| 資本金 | 8975億ウォン(2010年12月末) |
| 売上高 | 連結154兆6300億ウォン(2010年) |
| 営業利益 | 連結17兆2960億ウォン(2010年) |
| 純利益 | 連結16兆1460億ウォン(2010年) |
| 総資産 | 134兆2887億ウォン(2010年) |
| 従業員数 | 連結:19万人(2010年) |
| 関係する人物 | ユン・ジョンヨン(前、副会長兼CEO) |
| 外部リンク | 日本サムスン公式ページ |
| 特記事項:各種決算指標は2010年12月期 | |
| サムスン電子 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 삼성전자 |
| 漢字: | 三星電子 |
| 片仮名: 現地語読み |
サムソンジョンジャ |
| 韓国式ローマ字: | Samseongjeonja |
サムスン電子(サムスンでんし、三星電子、Samsung Electronics)は、韓国最大の総合家電・電子部品・電子製品メーカーで、サムスングループの中核企業である。
目次 |
概要
サムスン電子は、株式時価総額162兆ウォン(2011年12月現在)[1]、19万人の社員を抱え、世界各地に65の生産法人および130の販売法人を展開している韓国最大の企業(多国籍企業でもある)であり、ライバル企業のLGエレクトロニクス等と共に、韓国経済界で大きな位置を占めている。サムスングループ内には、総合電子部品メーカーのサムスン電機、デジタルカメラや製造装置や軍事機器などを生産するサムスンテックウィン、薄型テレビ用パネルや二次電池などを生産するサムスンSDIなど、数多くの関連企業を保有している。
特に大きなシェアを持つ製品は、薄型テレビや液晶ディスプレイ、有機EL、携帯電話、リチウム電池、半導体(DRAM、フラッシュメモリ)、デジカメ、ビデオカメラ、プリンター、SSD、白物家電、ホームシアターなどである。
歴史
創業から1980年頃まで
1938年の日本統治時代の朝鮮で設立されたサムスン電子の親会社であるサムスングループは、食品と衣服が主力事業であった。
1969年1月にサムスン電子工業株式会社が設立され、12月には三星三洋電機が設立、 電子産業に進出した。これは、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。1970年1月には三星NECが設立され、白物家電やAV機器の生産が行われた。1977年には韓国半導体を買収して半導体事業に参入し、1980年3月に韓国電子通信を買収した。1980年頃からは海外に次々と現地販売法人が設立され、ポルトガルやアメリカには工場が設立された。
1980年頃から2000年代まで
1983年2月に、創業者の 李秉喆 (イ・ビョンチョル)が「東京攻略宣言」を発表しDRAM事業への進出を開始した。これによりサムスン電子の東京支店が同年に開設され、日本から韓国へ半導体製造装置の輸入を開始した[2]。翌1984年には米国と日本に続き世界で3番目の64kのDRAMを開発し、光州電子を合併して、サムスン電子工業からサムスン電子に会社名が変更された。
1986年、その前年に当時世界最大容量の1M(メガバイト)DRAMを開発していた東芝の半導体部長がサムスンを訪問し、その後サムスン側が東芝の当時最新鋭の工場であった大分工場を訪問した[3]。 すると同1986年にサムスン電子も1MDRAMの開発に成功し、その後、東芝の大分工場の生産ラインを統括する製造部長がサムスンにスカウトされ、大分工場と同じ設備を持つ製造工場がサムスンに建設されることになった[3]。また、サムスンは1987年5月にアメリカと日本に研究所を設立し、1988年に半導体事業の売上高が905百万ドルに達し半導体メーカー売上高ランキングでは18位に躍り出た。
1988年には半導体企業トップ10社のうち6社が日本企業だったが、1991年のバブル崩壊の直撃を受けて日本の半導体企業は資金繰りが悪化、メモリー事業撤退や工場閉鎖など大掛かりなリストラが行われた。ここで韓国政府のバックアップもあり、サムスン電子はリストラされた日本の半導体企業の技術者たちを技術顧問として高給でヘッドハンティングすることで最新技術を獲得していった[3]。バブル崩壊後、サムスン電子には東芝のほかにも、松下電器(現パナソニック)、三洋電機、シャープ、NECなどの77人の日本人が技術顧問で在籍しており、サムスン電子の外国人技術者の殆どは日本人だった[3]。
こうした中、東芝は1992年にサムスン電子との間でフラッシュメモリの共同開発と技術仕様・製品情報の供与契約を締結した[3]。翌1993年に、サムスン電子は韓国初の6Mフラッシュメモリを開発、1995年には、バブル崩壊の余波で資金難に陥った東芝はやむなくサムスン電子と64Mフラッシュメモリ技術の共同開発で提携をした[3]。
このように日本から技術者を獲得をすることによって驚異的な早さでサムスン電子のDRAM技術が発展し、1991年に半導体メーカー売上高ランキングでサムスン電子は売上高が1473百万ドルで12位だったが、1995年には売上高が8329百万ドルで6位と急上昇をした。
このようにしてサムスン電子は、半導体売上高ランキングで米国のインテルに次ぐ2位の地位を2002年から2011年まで維持するようになっている。
2000年代から現在まで
1990年代までの韓国国内におけるサムスン電子の位置づけは、主要企業の中の一社に過ぎなったが、上述の半導体事業での躍進などもあって2000年代以降は韓国国内の事業規模や韓国経済に与える影響面などは圧倒的な物を持つようになり、また、世界の電機メーカーの中でも有数の大企業に成長した。
特に1997年のアジア通貨危機は、国家経済の危機とは裏腹にサムスン電子を強力な企業に成長させるきっかけとなった。通貨危機で韓国の大企業30社のうち16社が破綻し、サムスン電子も韓国政府から公的資金が注入される事態となり、倒産寸前にまで追い込まれたが、破綻を避けるために広範な構造改革の断行や効率的な経営計画の実行などにより、サムスン電子は半官半民の韓国の将来をかけた企業として、グローバル企業への成長を加速させた[4]。インターネット・バブル崩壊後の2000~2003年にもサムスン電子は純益伸び率5%を記録した。
また、サムスン電子は、90年代から半導体で得た莫大な利益を、2000年代前半当時としては次世代産業であったLCD事業や携帯電話事業に大規模に投資を行い、様々な製品の世界市場でシェアを伸ばした。またマーケティング活動とコマーシャル活動を大規模に行っている。例としては、1996年には「TOPスポンサー計画」を通じてオリンピックの公式パートナーになり、1998年には長野冬季五輪の公式スポンサーとなり、2000年代以降は継続してオリンピックのスポンサーを務めている[5]。
2009年に、サムスン電子は売上高基準でドイツのシーメンスと米国のヒューレット・パッカードを超え、世界最大のIT・家電メーカーとなった[6][7]。2009年のサムスンのシェアは、薄型テレビと半導体メモリで世界第1位[8][9]、携帯電話が世界第2位[10]、白物家電でも上位を占めている。また、同年には、2020年の目標として売上高4,000億ドル達成を目指すビジョン2020を掲げた[11]。これを実現するために、既存のセット・部品中心の情報、通信、AV事業(Infotainment)に、ソフトウェアとソリューションを中心とした医療/バイオ、環境/エネルギー、利便性/癒しなど暮らしの質を向上させるライフケア(Lifecare)を新たな事業領域に盛り込み、「21世紀型のビジネス構造」への変身を図っている。
ソニーとサムスン電子は、合弁で液晶パネルを製造するS-LCDを韓国の忠清南道に設立していたが、2011年、ソニー側が、合弁会社の株式を全てをサムスンに売却する形で合弁を解消した[12]。
2011年現在、サムスンとアップルの訴訟合戦が起こっており、サムスン電子の製品がアップルのiPadやiPhoneのデザインや特許権を侵害したとしてサムスン電子を提訴している。しかし逆にサムスン電子側も、アップル製品がサムスン電子の特許を侵害しているとして提訴をしている。双方とも勝訴・敗訴判決をそれぞれ一回以上受けており、この訴訟合戦は泥沼化している[13]。
沿革
- 1969年1月 - 三星電子工業(株)設立。
- 1969年12月 - 三洋電機の韓国でのジョイントベンチャーとして三星三洋電機を設立(1977年サムスン電子に合併)。
- 1970年1月 - NECの韓国でのジョイントベンチャーとして三星NECの設立。
- 1970年11月 - 白黒テレビ「P-3202」を試生産。
- 1973年 - 三星三洋電子設立(現・サムスン電機)。
- 1973年12月 - サムスン家電工場を竣工。
- 1974年 - 三星電子東京事務所が開設
- 1974年3月 - 冷蔵庫「SR-180、SR-201TD」生産開始。
- 1974年12月 - 洗濯機 「SEW-200W」生産開始。
- 1975年 - サムスンジャパン株式会社 設立
- 1975年10月 - 白黒テレビ生産が100万台を突破。
- 1975年11月 - モニター工場を竣工。
- 1977年 - 三星電気(株)を吸収合併。
- 1978年7月 - アメリカに現地販売法人「SEA」を設立。
- 1979年7月 - 電子レンジ「RE-7700」生産開始。
- 1980年3月 - 韓国電子通信株式会社を買収。
- 1980年5月 - エアコンの生産を開始。
- 1980年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
- 1982年6月 - ドイツに現地販売法人「SEG」設立。
- 1982年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
- 1982年12月 - 韓国電子通信、サムスン半導体通信株式会社に商号変更。
- 1983年3月 - パソコン「SPC-1000」生産開始。
- 1983年 - サムスン電子株式会社 東京支店 開設
- 1983年 - 半導体製造装置の対韓輸出開始
- 1984年2月 - 三星電子(株)と改称。
- 1984年 - 光州電子(株)を合併。
- 1984年 - 1M DRAMを開発。
- 1984年 - 11月にイギリスに現地販売法人「SEUK」設立。
- 1984年12月 - アメリカに現地生産法人「SII」設立。
- 1987年5月 - 海外の研究所(アメリカ・サンタクララ、日本・東京)を設立。
- 1987年9月 - オーストラリアに現地販売法人「SEAU」設立、カナダに現地販売法人「SECA」設立。
- 1987年10月 - イギリスに現地生産法人を竣工、生産開始。
- 1987年 - 李健熙(イ・ゴンヒ)が2代目会長に就任。
- 1988年 - 三星半導体通信(株)を吸収合併、第二創業宣言「21世紀に超一流企業に」。
- 1988年10月 - フランスで販売会社「SEF」設立、タイに現地生産法人「TSE」設立、メキシコに現地生産法人「SAMEX」竣工、生産開始。
- 1988年11月 - にサムスン半導体通信を吸収合併。
- 1989年8月 - マレーシアに現地法人を設立。
- 1990年11月 - に16M DRAMを開発。
- 1992年 - サムスン横浜研究所 設立
- 1992年2月 - チェコスロバキア(当時)に現地生産法人を設立。
- 1992年7月 - 中国・天津にVTR生産法人を設立。
- 1992年9月 - 東芝の技術提供の元、世界最初の64M DRAMを開発。
- 1993年 - 李会長がフランクフルトで「新経営」宣言 量より質の経営へ。
- 1993年6月 - 16M DRAM半導体の量産工場が竣工。
- 1994年8月 - 東芝の技術提供の元、世界初の256M DRAM開発。
- 1994年11月 - 障害者のための工場、無窮花(ムグンファ)電子設立。
- 1995年4月 - 東芝と64Mフラッシュ・メモリー技術で戦略的提携。
- 1996年3月 - アメリカ・テキサス州オースティンに半導体工場を着工。
- 1997年1月 - 第2創業を宣言。
- 1997年 - アジア通貨危機で従業員の30%を削減。
- 1998年 - 日本サムスン設立。
- 1998年2月 - 長野冬季オリンピックの無線通信部門の公式パートナー参加。
- 2000年 - 液晶パネル生産1000万枚突破。
- 2000年10月 - 中国に通信技術研究所を設立。
- 2000年11月 - TFT-LCDを発売開始。
- 2001年3月 - Dell社と戦略的提携。
- 2001年7月 - AOLタイムワーナー(当時)と戦略的提携を締結。
- 2003年 - 輸出額30兆ウォン(約3兆円)、韓国の総輸出額の14.57%、フラッシュメモリで世界一に。
- 2004年 - 純利益で100億ドル突破。
- 2004年4月 - ソニーと合弁で液晶パネル製造会社S-LCD設立。
- 2004年4月 - 東芝と光ディスク装置の合弁会社 東芝サムスンストレージテクノロジーを設立。
- 2004年12月 - サムスン電子とソニー、相互特許使用契約の締結。
- 2005年4月 - FAプレミアリーグのチェルシーFC、並びにブラジルのコリンチャンスのメインスポンサー。
- 2005年10月 - ペンタックスがサムスン電子の子会社サムスンテックウィンへの一眼レフ部門で技術提供。
- 2006年3月 - ボーダフォン日本法人(現ソフトバンクモバイル)の「Vodafone 804SS」にて日本向けの携帯電話市場に参入。
- 2006年10月 - サムスン初のデジタル一眼レフカメラを発売した。
- 2007年11月 - 家電販売で日本市場から撤退。ソフトバンクモバイル向け携帯電話の製造・販売は継続される。
- 2008年4月 - 李健熙会長兼CEOが辞任。
- 2008年11月 - 本社をソウル特別市中区太平路から同市瑞草区瑞草洞へ移転
- 2011年4月 - ハードディスクドライブ事業をシーゲイト・テクノロジーに14億ドルで売却することを発表(同年12に売却完了)[14]。
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- ^ ニッポンに圧勝したサムスンのグローバル戦略@IT MONOist 2008-09-09, 上島 康夫
- ^ サムスンとスポーツスポンサーシップtechnoloGeekO, 2010/6/11
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- ^ サムスン電子、トップ電子メーカーに、総合ニュース 2010-01-08
- ^ 3Dテレビ“日韓戦”が白熱 「世界初」の称号奪いサムスンが先行産経新聞, 2010-03-09
- ^ サムスン電子と東芝が上位を維持、2009年第4四半期の NAND型フラッシュ売上高EETIMES, 2010-02-03
- ^ 2010年1Q世界スマーフトフォン市場、Androidが前年比707%増マイコミジャーナル, 2010-05-21
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- ^ http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1221&f=business_1221_085.shtml
- ^ "We Wouldn't Launch a New Business Unless We Knew We Could Win"---Jeong-ki (Jay) Min, Samsung”日経BP社, 8月”
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- ^ サムスンが新型ハイブリッドカメラ発表、10倍の市場拡大見込むREUTERS, 2010-09-14
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- ^ IF賞で5製品入賞、サムスンが最多記録” NNA.ASIA, 2010-04-26”
- ^ サムスン電子、エコマネジメント2013イニシアティブを発表”日本サムスン, 2009-07-23”
- ^ サムスン電子、2013年に温室ガス排出量半減”wowkorea, 2009-07-20”
- ^ YONHAP NEWS AGENCY (2010年7月20日). “サムスン電子、温室効果ガス2年間で31%削減”. 聯合ニュース 2011年1月12日閲覧。
- ^ 韓国10大企業名とロゴの意味(韓)koreadaily, 2010-06-07
- ^ サムスン ロゴマーク日本サムスン
- ^ サムスン電子のロゴの歴史
- 1 サムスン電子の概要
- 2 主な事業・製品
- 3 日本におけるサムスン
- 4 デザイン
- 5 関連項目
固有名詞の分類
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