カニングフォークの歴史
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「カニングフォーク」の記事における「カニングフォークの歴史」の解説
オーウェン・デイヴィーズ(Owen Davies)の歴史研究は、英国の農村や都市の暮らしにおいてカニングフォークがどの程度人々に認められた役割をもっていたかを明らかにした。それによると19世紀には国中で数千人の従事者がいたと見積もられる。国中の町や村で公然と仕事をしている姿がみられたと想像され、彼らは地域社会の有用な成員であった。一部のカニングフォークは成功をおさめ、何マイルも離れたところからも依頼人を呼び込むまでになった。ほとんどのカニングフォークは限定的なサービスを狭い地域に提供した。カニングフォークはよい暮らしをすることもできた。彼らの仕事には通常、既定の料金があった。稼いだ金のために彼らは、特に教養ある層から、騙されやすい人から隠し芸で金を取る詐欺師やペテン師とみなされることも多かった。予言を確かなものにするために客の身辺を密かに探る、決して見つからないはずの巨万の宝の存在を再三再四請合う、盗みや妖術を働いたとして罪なき人を告発する、といったようなペテンに引っかかる者もいたのは確かである。起訴される危険性が薄れた19世紀までには、カニングフォークは自らの仕事を宣伝し、本を執筆するまでになった。 イングランドでは17世紀になってようやく呪術的信仰が教養層と民衆の双方の思想に広まった。この民衆呪術の一部は「旧き信仰」すなわちカトリシズムから受け継いだものであった。カトリックの司祭は、ラテン語の祈りの文句を繰り返し唱えたり、ミサに参列したり、さらには聖体を捧げ持つ司祭を目にするだけでも、旅の安全、安産、失せ物を取り戻す、失明を防ぐといった恩恵が得られると宣伝した。前キリスト教的な呪術的信仰と儀式もまた、近世にも残存していた。自然の精霊と異教の神々は聖人と同じように崇拝されていた。古代の祖先崇拝の伝統は死者への崇拝という形で保存されており、教会暦の聖なる行事のほとんどは前キリスト教の祝祭の上に重ねられたものであった。多くの祝祭と地域社会の行事はキリスト教的な装いの下に異教的儀式を保存していた。カトリシズムは前キリスト教の呪術を巧妙に取り入れてきたが、近世の英国の人々は本質的に、ほとんどキリスト教に由来しないアニミズム的な世界観を有していた。イングランドとスコットランドの多くの地域では小教区に駐在の司祭はおらず、相当の割合の平民はほとんど教会に行かなかった。教会に行く人についても、多くは無関心であるか無理解であったため、キリスト教の初歩的な教義も知らないありさまであった。一方でこうした人々は複雑な呪術的信仰体系を保持していた。特にそれは妖精、自然の精霊、亡霊に関連していた。 民衆の間では妖精、天使、聖人、亡霊、悪魔の間の区別はあまりなかったが、妖精はほとんどつねに死者と結び付けられた。妖精は一般に人間に似ており、酷似した生き物を導き、よりいっそう長生きし、不可視になったり姿を変えることができ、飛ぶことができ、病を治し、未来の出来事を予知することができると考えられた。幸運を求める心と畏怖心から、人々はこうした存在の機嫌を損ねないよう心掛けていた。人々は呪術の専門家を通じて、生活上の重要な問題、とりわけ健康に関することにも妖精の助力を求めた。妖精が「ほとんどの病気を引き起こし平癒させる」という信仰は民衆の中に保たれていた。 一般の人々も普段から自分でまじないや儀式的行為を行っていたが、いっそうの熟練の技を要する場合には呪術の専門家に頼った。彼らは賢い人(wise man, wise woman)、魔女(white witch, black witch)、魔法使い(wizard)、まじない師(sorcerer)、拝み屋(conjurer)、祈祷師(blesser)、夢占い師(dreamer)と呼ばれ、これらの呼称は置換可能であった。こうした専門家のほとんどは無教養で貧しい階層の出身であったが、少数ながら相当数の人々は自由民で、呪術の指南書をも所持していた。魔女が使い魔を使役していると信じられたように、カニングフォークも仕事においてしばしば精霊や使い魔を使役したようであるが、実際、カニングフォークと「魔女」をはっきり区別することは困難であり、近世には区別はしばしばあいまいになった。一部のカニングフォークは完全に良きものとされていたが、それ以上に多くのカニングフォークが両義的な存在として見られ、いくばくかの恐れを抱かれた。
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