Matrix (プロトコル) Matrix (プロトコル)の概要

Matrix (プロトコル)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/04 14:09 UTC 版)

Matrix
通信プロトコル
目的 分散型メッセージング及びデータ同期
開発者 The Matrix.org Foundation
導入 2014年9月 (8年前) (2014-09)[1]
派生元
OSI階層 アプリケーション層

技術的な観点から見ると、Matrixは分散型英語版リアルタイム通信のためのアプリケーション層の通信プロトコルである。Matrixはサーバのオープンな連合を介してのJSON形式のメッセージの安全な配布及び永続化のためのHTTP API及びオープンソースリファレンス実装を提供している[2][3]WebRTCを介して標準的なWebサービスと統合することができ、ブラウザ間での応用が容易である。

歴史

初期のプロジェクトは、Matthew HodgsonとAmandine Le Papeによって "Amdocs Unified Communications"[4] と呼ばれるチャットツールを構築しながらAmdocs英語版内で作成された。その後、Amdocsは2014年から2017年10月までの開発作業の殆どに資金提供をした[5]。MatrixはWebRTC 2014 Conference & Expoでイノベーション賞を受賞し[6]2015年のWebRTC Worldで "Best in Show" 賞を受賞した[7]。このプロトコルは2014年に登場した後、幾つかの指摘を交えて賞賛を受けた。レビュアーはこの種のオープンなインスタントメッセージやマルチメディアシグナリング・プロトコル英語版を定義する試み[注釈 1]は、広く採用されることが困難であり、これは技術的及び政治的に関連する課題を強調していると述べた[8]。プロバイダ間で相互運用するサービスに対するユーザの十分な需要があるかは不明だった[9][10]2015年、Amdocsの子会社の "Vector Creations Limited" が設立され、Matrixのスタッフが移動した[11]

2017年、Amdocsからの資金提供が削減されることが発表され、翌週にコアチームはイギリスを拠点とするMatrixとElementのサポートのための独自の会社である "New Vector" を設立した[12]。この期間中、コアチームの賃金の一部の支援のために、Matrixを基盤とするコミュニティ及び企業へのサポートに対する複数の連絡があった[13]。開発速度を維持するためにPatreon及びLiberapay英語版のクラウドファンディングアカウントが作成され[14]、コアチームはMatrix "Live" と呼ばれるビデオポッドキャストを開始した[15]。これは "This Week in Matrix" と呼ばれる週間ブログ形式に拡張され、関心のあるコミュニティメンバーは、Matrix関連のニュースを読んだり、関連するニュースを投稿することができる[16]。New VectorはMatrixにコンサルティング英語版サービスを提供し、Matrixサーバの有料ホスティングを提供し、収入を得ることを目的に設立された[17]

New Vectorの設立から数週間後、MatrixチームとPurism英語版Librem 5英語版 スマートフォンの作成で協力する計画を発表した[18]。Librem 5はMatrixネイティブのスマートフォンを意図しており、デフォルトのプリインストールメッセージングアプリと電話アプリは、VoIP、テレビ電話及びインスタントメッセージにMatrixを使用する必要がある[19]

2017年KDEはIRCクライアントのKonversationをMatrixに対応させることを取り組んでいることを発表した[20]2018年1月下旬、New VectorはEthereumを基盤とするベンチャーであるStatusから500万米ドルの投資を受けた[21][22]

2018年4月フランス共和国政府は独自のインスタントメッセージングツールを作成する計画を発表した[23]。"Tchap"[注釈 2] と呼ばれるElementとMatrixをベースとするアプリの開発を2018年初頭に開始し[24]2019年4月iOS及びAndroid向けにオープンソースとしてリリースされた[25]

2018年10月、標準の更なる発展のための法的に中立的な法人として[26]、"The Matrix.org Foundation C.I.C." と呼ばれるコミュニティ利益会社英語版が設立された[27]

2019年2月、KDEコミュニティはTelegramSlack及びDiscordなどの他の最新ツールの分散型の代替として、コミュニティ内部でのコミュニケーションにMatrixを採用し、独自のサーバインスタンスを運用することを発表した[28]

2019年4月、Matrix.orgの稼働中のサーバが攻撃されセキュリティ被害を受けた[29]。この攻撃は、Matrixプロトコルの問題ではなく、Matrix.org以外のホームサーバには直接影響は無かった。

2019年6月、Matrixプロトコルはベータ版では無くなり、全てのAPI及びリファレンス実装のホームサーバであるSynapseのバージョンが1.0になり、The Matrix.org Foundationが正式に発足した[30][31]

2019年10月、New VectorはMatrixの開発のために追加で850万米ドルを調達した[32]

2019年12月ドイツ連邦国防省はMatrixプロトコル、Synapseサーバ及びElementアプリケーションに基づいた安全なインスタントメッセージングツールの "BwMessenger" と呼ばれるパイロットプロジェクトを発表した。これはフランスのTchapプロジェクトをモデルとしている。連邦政府の長期的な目標は、全ての省庁及び下位当局をカバーするメッセンジャーサービスを使用できるようにすることである[33]

2019年12月MozillaはIRCの代替としてMatrixの使用を開始することを発表した。この発表で、2020年1月下旬に移行を完了することを述べた。MozillaのIRCサーバであるirc.mozilla.orgは2020年3月又は2021年までに削除されると言われている[34]

2020年3月2日にMozillaのIRCサーバirc.mozilla.orgが予定通り終了し、Matrixサーバーであるchat.mozilla.orgに完全に移行した[35]

プロトコル

Matrixはウェブ向けの一般的なメッセージング及びデータ同期システムになるという長期的な目標と共に、VoIP、IoT及びグループコミュニケーションを含むインスタントメッセージなどの使用例を対象としている。このプロトコルはセキュリティとレプリケーションに対応しており、単一の制御点や障害無しに完全な会話記録を維持する。既存の通信サービスはMatrixエコシステムと統合することができる[2]

Matrixのクライアントはオープンな連合インスタントメッセージング、VoIP及びIoTの通信に使用することができる。

Matrixの標準仕様はMatrixに対応したクライアント、サーバ及びサービス間でのJSONデータを安全に送信及び複製するためのRESTful HTTP APIを明記している。クライアントはサーバ上の "room" にデータをPUTすることでデータを送信し、"room" に参加している全てのMatrixサーバにデータを複製する。このデータは改竄を軽減するためにGit形式の署名で署名され、成り済ましを防ぐために連合トラフィックはHTTPSで暗号化及び各サーバの秘密鍵で署名される。複製は結果整合性の意味論に従う。これによって、他の参加しているサーバから欠落している履歴を再同期することにより、オフライン又はデータ損失後でも機能する。

OlmライブラリはDouble Ratchetアルゴリズムの実装を介してルーム毎に任意のエンドツーエンド暗号化を提供する[1]保存されている会話データ英語版は、ルームの参加者だけが読めることを保証できる。これを組み合わせると、Matrixを介して送信されるデータは、Matrixサーバからは暗号文に見え、そのルームの承認された参加者だけが復号できるようになる。Olmライブラリ及びMegolmライブラリ[注釈 3]は、NCC Group英語版による暗号レビューの対象となっており、その結果は公開されており[36]、Matrixチームによって対処されている[37]。このレビューはOpen Technology Fund英語版が後援した。


注釈

  1. ^ XMPPIRCv3
  2. ^ クロード・シャップに由来する。
  3. ^ より大きなルームの需要に合わせたOlmの拡張。

出典

  1. ^ a b Ermoshina, Ksenia; Musiani, Francesca; Halpin, Harry (25 August 2016). "End-to-End Encrypted Messaging Protocols: An Overview". In Bagnoli, Franco; et al. (eds.). Internet Science. INSCI 2016. イタリア共和国 フィレンツェ: Springer. pp. 244–254. doi:10.1007/978-3-319-45982-0_22. ISBN 978-3-319-45982-0
  2. ^ a b Nathan Willis (2015年2月11日). “Matrix: a new specification for federated realtime chat”. LWN.net. 2020年2月5日閲覧。
  3. ^ Adrian Bridgwater (2014年9月9日). “Matrix.org Reloads Inside "Illusion of Control" Vortex”. Dr Dobb's. 2020年2月5日閲覧。
  4. ^ Amdocs Unified Communications Solution”. Amdocs. 2016年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月5日閲覧。
  5. ^ Who is Matrix.org?”. The Matrix.org Foundation (2014年10月16日). 2020年2月5日閲覧。
  6. ^ Remi Scavenius (2014年12月23日). “Award Winners of the WebRTC 2014 Conference & Expo”. Upperside Blog. 2016年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月5日閲覧。
  7. ^ Phil Edholm (2015年5月18日). “WebRTC World Miami Wrap Up and Review”. WebRTC World. 2020年2月5日閲覧。
  8. ^ Andrew Prokop (2015年2月23日). “Solving the WebRTC Interoperability Problem”. No Jitter. 2020年2月5日閲覧。
  9. ^ Ian Scales (2015年5月11日). “To interop or not to interop? Is Matrix.org the answer for silo’d comms services?”. TelecomTV. 2020年2月5日閲覧。
  10. ^ Matt Weinberger (2014年9月16日). “Matrix wants to smash the walled gardens of messaging”. ITworld. 2020年2月5日閲覧。
  11. ^ Vector Creations Limited”. LinkedIn. 2020年2月5日閲覧。
  12. ^ NEW VECTOR LIMITED”. Companies House service. 2020年2月5日閲覧。
  13. ^ Matthew Hodgson (2017年7月7日). “A Call to Arms: Supporting Matrix!”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  14. ^ Hello world!”. Patreon (2017年6月11日). 2020年2月5日閲覧。
  15. ^ Matrix Live - Episode 1: July 14th 2017”. YouTube (2017年7月21日). 2020年2月5日閲覧。
  16. ^ This Week in Matrix”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  17. ^ Awesome hosting for Matrix”. Modular. 2020年2月5日閲覧。
  18. ^ Lucian Armasu (2018年6月6日). “Purism’s Privacy-Focused Librem 5 Smartphone's On Track For A Jan '19 Release”. Tom's Hardware. 2020年2月5日閲覧。
  19. ^ Librem 5”. Purism. 2020年2月5日閲覧。
  20. ^ eike hein (2017年9月5日). “Konversation 2.x in 2018: New user interface, Matrix support, mobile version”. blogs.kde.org. 2020年2月5日閲覧。
  21. ^ Stewart Rogers (2018年1月29日). “Status invests $5 million in Matrix to create a blockchain messaging superpower”. VentureBeat. 2020年2月5日閲覧。
  22. ^ Status Invests $5M In Riot.im”. Status Blog (2018年1月29日). 2018年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月5日閲覧。
  23. ^ Mathieu Rosemain (2018年4月17日). “France builds WhatsApp rival due to surveillance risk”. Reuters. 2020年2月5日閲覧。
  24. ^ Jean Kaminsky (2018年4月22日). “L’Etat lance un « Telegram » à la française cet été, ouvert à tous”. Sécurité. 2020年2月5日閲覧。
  25. ^ Catalin Cimpanu (2019年4月19日). “French government releases in-house IM app to replace WhatsApp and Telegram use”. ZDNet. 2020年2月5日閲覧。
  26. ^ Matthew Hodgson (2018年10月29日). “Introducing the Matrix.org Foundation (Part 1 of 2)”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  27. ^ THE MATRIX.ORG FOUNDATION C.I.C.”. Companies House service. 2020年2月5日閲覧。
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  29. ^ We have discovered and addressed a security breach.”. The Matrix.org Foundation (2019年4月11日). 2020年2月5日閲覧。
  30. ^ Matthew Hodgson (2019年6月11日). “Introducing Matrix 1.0 and the Matrix.org Foundation”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  31. ^ Neil Johnson (2019年6月11日). “Synapse 1.0.0 released”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  32. ^ Natasha Lomas (2019年10月10日). “New Vector scores $8.5M to plug more users into its open, decentralized messaging Matrix”. TechCrunch. 2020年2月5日閲覧。
  33. ^ Stefan Krempl (2019年12月24日). “Open Source: Bundeswehr baut eigene verschlüsselte Messenger-App”. heise online. 2020年2月5日閲覧。
  34. ^ Synchronous Messaging at Mozilla: The Decision”. Mozilla Discourse. 2020年2月5日閲覧。
  35. ^ Moznet IRC is dead; long live Mozilla Matrix!”. The Matrix.org Foundation. 2022年12月17日閲覧。
  36. ^ Matrix Olm Cryptographic Review”. NCC Group (2016年11月18日). 2020年2月5日閲覧。
  37. ^ Matthew Hodgson (2016年11月21日). “Matrix’s ‘Olm’ End-to-end Encryption security assessment released - and implemented cross-platform on Riot at last!”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。
  38. ^ matrix-org/matrix-appservice-gitter”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  39. ^ matrix-org/matrix-appservice-irc”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  40. ^ matrix-org/matrix-appservice-slack”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  41. ^ matrix-org/matrix-bifrost”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  42. ^ Half-Shot/matrix-appservice-discord”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  43. ^ matrix-hacks/matrix-puppet-signal”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  44. ^ tulir/mautrix-telegram”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  45. ^ tulir/mautrix-whatsapp”. GitHub. 2020年2月5日閲覧。
  46. ^ Try Matrix Now”. The Matrix.org Foundation. 2020年2月5日閲覧。


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