鯨類 生物的特徴

鯨類

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/05 12:33 UTC 版)

生物的特徴

祖先

古生物学の世界では長い間、新生代暁新世から始新世にかけて生息した肉食性有蹄動物メソニクス目 Mesonychia がクジラ類の祖先にあたるとの見方が、伝統的かつ支配的であった。しかし、これに替わって2000年頃からは新たな知見に基づき、原始的な肉食性偶蹄類がそれであるとの見方が有力となっている[10](これに基づけばメソニクス目はクジラ及び偶蹄類と近縁ではあるが姉妹グループであり、クジラの祖先ではないとみなされている)。

始新世初期[11]に、水中生活への依存度を高めていた陸生偶蹄類の一群が、その環境への適応を一段と進めて分化(分岐して進化)していったものであるとの説である。この新たな知見とは、塩基配列の解析など進歩著しい分子系統学からのアプローチや、偶蹄類に近い特徴とクジラ類に固有の特徴を併せ持った距骨を具える四つ足の始原的クジラ類の化石発見からもたらされた形態学由来のものであった[12]。また、分子系統学からは、クジラ類はカバ科姉妹群であるとの指摘がなされている[13]。これを既知の知見と照合すれば、クジラとカバの系統的分化は少なくとも暁新世の後期以前に起こっていたことになる。しかし、その時代からの化石がまだもたらされていない今日では、約5,300万年前(始新世初頭)が実証可能な最古の時代であり、パキケトゥス科をもって最古としている。彼らの段階ではクジラ類はまだ、水に潜って餌を獲ることの多い体長2mほどの四つ足動物でしかなかった[14]。その後、アンブロケトゥス科レミングトノケトゥス科・プロトケトゥス科 Protocetidaeと進化するにつれ徐々に水圏への適応能力を増大させていき、バシロサウルス科になると尾鰭を獲得して完全に水圏適応型となった。ただしこの時点では退化しているとはいえ後肢が残存しており、またいまだに外洋へ進出する能力は持たず、浅海に生息していたと考えられている[15]。その後、漸新世に入ると古鯨類はほぼ絶滅し、代わって現生のヒゲクジラ類とハクジラ類が繁栄するようになった[16]。系統分類についてさらに詳しくは鯨偶蹄目を、進化経緯については古鯨類を参照のこと。

生態

クジラ類は全て水生であって主にに生息するが、カワイルカ類など一部のものは汽水域に生息する[17]。現生動物としては体長や体重が最大のグループを含み、特にシロナガスクジラは動物として史上最大の質量(体重約130t)を誇る。一方で、クジラ目の中で最も小さいのはコガシラネズミイルカであり、体長は約1.5m、体重は50kg程度に過ぎない。魚類イカ類などの頭足類を食べるハクジラ類と、オキアミなどのプランクトンや群集性小魚類を食べるヒゲクジラ類では食性が異なるが、全て広い意味での肉食性である。ハクジラ類は海の生態系の最上位のほか、高位の多くを占め、ヒゲクジラ類も低位消費者の最大種を含む一大グループとして多様な進化に成功したものである。

クジラ類のには耳殻は無く、単なる直径2mm程度の穴であり、耳垢がつまっている。ヒゲクジラでは耳垢の層を数えることにより、ある程度の年齢を推測することができる[18]。これに対し、ハクジラの年齢推測には歯が用いられる[19]。脂肪を蓄え、それによって水分を作ってすごす。汗腺は無い。頭部の背側に呼吸のための噴気孔を有す。噴気孔はヒゲクジラでは2個、ハクジラでは1個である。噴気孔は開閉が可能であり、頭部を水面上に出して噴気孔を開けて空気を吸い、それ以外の潜水する時などは噴気孔を閉じて水の浸入を防ぐ[20]いびきをかくこともある。は固形分が少なく液状に近い。哺乳類であるので恒温動物であり、体温は35-36℃で一定に保たれ[21](へそ)もある。乳首は2つあり、風邪もひく。泳ぐ速度は時速 3kmから50km程度。これまで知られている最高年齢としては、ナガスクジラで114歳、シロナガスクジラで110歳となっており、小型種になるにつれて最高年齢は低くなる傾向にある[22]

分類と系統

鯨類は、古鯨類(ムカシクジラ類)、ハクジラ類ヒゲクジラ類の3つの分類群に大別されるが、古鯨類に属する種は全て絶滅しており、現生はヒゲクジラ小目とハクジラ小目の2小目である。ハクジラ類とヒゲクジラ類は一時単系統性が疑われたこともあるが、単系統ということで決着が着いた。「ハクジラ類・ヒゲクジラ類以外の全て」という形の古鯨類は単系統ではないため[23]、廃したり、いくつかの科を除外したりすることも多い。

ハクジラ類は古鯨類と同様に獲物を捕えるための歯を持っている。また、ハクジラ類は、自分の出した音の反射を利用して獲物や障害物を探る反響定位(エコーロケーション)のための器官、すなわち、上眼窩突起、顔の筋肉、鼻の反響定位器官を発達させていることを特徴とする。イルカ、シャチイッカクなどもハクジラ類に属する。一方、ヒゲクジラ類は、口内にプランクトンやオキアミなどをこし取るための(くし)状の髭(ひげ)板を持つのが特徴で、歯は消失している[24]

鯨類の代表的な種
(1.3.6.7.はヒゲクジラ、2.4.5.8.はハクジラ)
1. ホッキョククジラ
2. シャチ
3. セミクジラ
4. マッコウクジラ
5. イッカク
6. シロナガスクジラ
7. ナガスクジラ
8. シロイルカ

分類

鯨類を無肉歯類とともに亜目として類鯨目Ceteに置き、ハクジラ類とヒゲクジラ類を小目として正鯨下目Autocetaにまとめることもあったが、のちに分子系統推定によって鯨類と偶蹄類の類縁関係が認められるようになり、無肉歯類との類縁性は否定されている[25]

かつてはカワイルカを総括するカワイルカ上科 Platanistoidea を置くことがあったが、側系統であることが判明し、分割された。

系統

現生鯨類の系統関係は次のとおり。現生ではカバ科(カバ下目、Ancodonta)が姉妹群であり、併せて単系統群鯨凹歯類(ケタンコドンタ、Cetancodonta もしくは Whippomorpha)をなす。ナガスクジラ科の単系統性は疑わしく、コククジラ科と併せて単系統をなす。

鯨凹歯類

カバ科

鯨類
ヒゲクジラ類

セミクジラ科

コセミクジラ科

ナガスクジラ科 + コククジラ科

ハクジラ類
マッコウクジラ上科

マッコウクジラ科

コマッコウ科

アカボウクジラ科

インドカワイルカ科

ヨウスコウカワイルカ科

アマゾンカワイルカ上科

アマゾンカワイルカ科

ラプラタカワイルカ科

マイルカ上科

マイルカ科

ネズミイルカ科

イッカク科


  1. ^ CITES, Appendices I, II and III valid from 22 June 2021, Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora, Accessed on 10 April 2022.
  2. ^ James G. Mead and Robert L. Brownell, Jr., “Order Cetacea,” In: Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (eds.), Mammal Species of the World (3rd ed.), Volume 1, Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 723-743.
  3. ^ a b c アンソニー・マーティン・吉岡基訳「クジラとは?」アンソニー・マーティン編著・粕谷俊雄監訳『クジラ・イルカ大図鑑』平凡社、1991年、10-11頁。
  4. ^ 川田伸一郎・岩佐真宏・福井大・新宅勇太・天野雅男・下稲葉さやか・樽創・姉崎智子・横畑泰志「世界哺乳類標準和名目録」『哺乳類科学』第58巻 別冊、日本哺乳類学会、2018年、1-53頁。
  5. ^ 田隅本生哺乳類の日本語分類群名,特に目名の取扱いについて —文部省の“目安”にどう対応するか—」『哺乳類科学』第40巻 1号、日本哺乳類学会、2000年、83-99頁。
  6. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p109 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  7. ^ Indo-European Etymology Database
  8. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p2 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  9. ^ 「イルカ概論 日本近海産小型鯨類の生態と保全」p1 粕谷俊雄 東京大学出版会 2019年2月15日初版
  10. ^ 「シャチ学」p21-23 村山司 東海教育研究所 2021年7月30日第1版第1刷発行
  11. ^ この時期には既にクジラは古鯨類であった。よって、理論上はさらなる過去に始まりがあってもよい。そこに後述のカバの進化系統との分水嶺がある。
  12. ^ 平たく言えば、血筋の分析と、他には無い骨格的特徴の観察、それらを基にした見極めの結果である。
  13. ^ 「シャチ学」p21 村山司 東海教育研究所 2021年7月30日第1版第1刷発行
  14. ^ 「鯨類学」p23-25 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  15. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p3 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  16. ^ 「鯨類学」p35 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  17. ^ 「続 イルカ・クジラ学」p136-137 村山司・鈴木美和・吉岡基編著 東海大学出版部 2015年4月20日第1版第1刷発行
  18. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p68-71 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  19. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p68-71 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  20. ^ 「鯨類学」p110-111 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  21. ^ 「イルカ概論 日本近海産小型鯨類の生態と保全」p12 粕谷俊雄 東京大学出版会 2019年2月15日初版
  22. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p92-94 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  23. ^ 「鯨類学」p21-23 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  24. ^ 「イルカ概論 日本近海産小型鯨類の生態と保全」p3-6 粕谷俊雄 東京大学出版会 2019年2月15日初版
  25. ^ 日本哺乳類学会 種名・標本検討委員会 目名問題検討作業部会「哺乳類の高次分類群および分類階級の日本語名称の提案について」『哺乳類科学』第43巻 2号、日本哺乳類学会、2003年、127-134頁。
  26. ^ https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/ 「捕鯨を取り巻く状況」日本国水産庁 2024年3月5日閲覧
  27. ^ https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/ 「捕鯨を取り巻く状況」日本国水産庁 2024年3月5日閲覧
  28. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p117-118 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  29. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p122 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  30. ^ https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/ 「捕鯨を取り巻く状況」日本国水産庁 2024年3月5日閲覧
  31. ^ https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/fsh/page25_001544.html 「捕鯨」日本国外務省 令和6年2月16日 2024年3月5日閲覧
  32. ^ 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律施行令別表第二 国際希少野生動植物種
  33. ^ 水産庁編 『日本の希少な野生水生生物に関するデータブック』 財団法人自然環境研究センター、2000年、4頁。
  34. ^ マッコウクジラに関しては日本哺乳類学会では系統群ごとに評価しているにもかかわらず、水産庁では北太平洋全体で一つと認識されており、生息数もそれだけ大きく見積もられるような問題もある。
  35. ^ そうだったのか!池上彰の学べるニュース』2010年7月21日放送分
  36. ^ たとえば、健全とされたコククジラについては、北米側の系統群は保護の結果として増加が激しい反面、アジア側の系統群は僅か100頭程度である。また、ミンククジラクロミンククジラとよく似た別種であるにもかかわらず、両方を足して100万頭とされている。
  37. ^ ねこの目通信 研究室訪問 粕谷研究室
  38. ^ http://www.mawakiiseki.jp/dolphin.html 「イルカ漁のムラ」国指定遺跡真脇遺跡 2024年3月3日閲覧
  39. ^ 『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』p204-205 小学館 2003年3月20日初版第1刷
  40. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p130-132 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  41. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p133 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  42. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p133-134 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  43. ^ 「イルカ概論 日本近海産小型鯨類の生態と保全」p219 粕谷俊雄 東京大学出版会 2019年2月15日初版
  44. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p117 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  45. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p111-112 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  46. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p117 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  47. ^ 「クジラ・イルカの疑問50」p131 加藤秀弘・中村玄編著 成山堂書店 2018年6月28日初版発行
  48. ^ https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story032/ 「鯨とともに生きる」日本遺産ポータルサイト 日本国文化庁 2024年3月5日閲覧
  49. ^ 「シャチ学」p156-159 村山司 東海教育研究所 2021年7月30日第1版第1刷発行
  50. ^ 「鯨類学」p345-349 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  51. ^ 「鯨類学」p352-355 村山司編著 東海大学出版会 2008年5月20日第1版第1刷発行
  52. ^ https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/042100199/ 「ホエールウォッチングについて今知っておきたいこと」ナショナルジオグラフィック 2023.04.22 2024年3月5日閲覧





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