篆書体 史料

篆書体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/12 23:52 UTC 版)

史料

小篆の史料は公式書体であったの時代が短かったこともあり、極端に少ない。現在残るものとしては「始皇七刻石」の一部である「泰山刻石」「瑯琊台刻石」(ろうやたいこくせき)、そして度量衡の標準器の証明文である権量銘、その他木簡・竹簡がある程度である。

しかも「泰山刻石」はわずか10字が現存するのみ(拓本として十字本・二十九字本・五十三字本・百六十五字本の四種類があるが、五十三字本・百六十五字本を模刻した石から採ったものとして疑うむきもある)、「瑯琊台刻石」は86字が残っているが風雨による侵蝕で文字が涙を流したようになっており、極めて保存状態が悪い。また「権量銘」や木簡・竹簡も字形の崩れが見られ、小篆の字体を厳密には伝えていない。

このため、直接同時代の史料に当たることは極めて難しく、後世のものに頼る必要がある。幸い先述した許慎の『説文解字』には字書として基本的な文字が網羅されているので、本書に掲出する字は小篆の字形の標準として用いられている。

研究

小篆はじめ篆書は書道の書蹟として研究されるほか、漢字史の研究材料としても広く用いられている。

これは「隷変」や楷書への展開により字形が現在の形へ変化するうちに失われた、さまざまな情報を篆書、なかんずく小篆が持っているからである。これと「隷変」の過程を見たりすることでさまざまな研究が成り立つ。

たとえば「右」「左」は似ている漢字なのに、書き順は異なりそれぞれはらいと横棒を第1画目とする。楷書のままではその理由は分からないが、小篆に戻ると「右」のはらいと「左」の横棒が実は左右対称ながら同じ形をしており、第1画目であったことが分かる。それらが「隷変」の過程でそれぞれはらいと横棒という別の形に変化してしまったために、現在のような書き順になってしまったと説明出来るのである。

ただし正確な研究には、篆書以前の甲骨文金文の情報も必要になる。既に篆書以前の段階で失われた情報も多いからである。事実許慎の『説文解字』は、甲骨文や金文の知識がなかったためにさまざまな間違いを起こしている。

現代における篆書体

日本国旅券の表紙。上部に「日本国旅券」と記す

利用実態

前述の通り、小篆は現代でも書道や印章の世界では現役の書体である。

身近な例でいえば、日本銀行券の表の「総裁之印」、裏の「発券局長」の印章の文字がある。曲線が多く判読も容易ではない印章の朱い文字の書体である[3]。これは明治時代に篆刻家の益田香遠に作らせたものである。 また旅券の表紙の「日本国旅券」の文字や、郵便切手の「日本郵便」の文字や自治体の印章などのほか一部の店の看板に使用されている程度であったが、最近では字形の面白さから装飾文字やデザインとしても用いられることも多くなっている。

このことから昨今の時流に乗って小篆を取り入れた「篆書体フォント」がいくつも作られるなど、デジタルの世界にも進出を果たしており、比較的気軽に小篆を使用出来るようになった。

従来は手彫りによっていた小篆の印章作成も、これらのフォントを用いることで比較的安価に素早く出来るようになっている。


問題点

このようにデジタル時代になり、コンピュータの恩恵にあずかる形で日常生活の中に進出してきた小篆であるが、進出の主な媒体が「篆書体フォント」という「フォント」であるゆえの問題点もある。

伝統的小篆との衝突

書道用・篆刻用書体としての小篆は『説文解字』などしかるべき文献が基準にあり、字形が大きく現状と異なっても手を加えることはしない。また当時存在しなかった字は、相当する別字で代用するのが普通である。

造字行為はよほどの理由がない限り避けるべきとされ、現在も「絶対にやるべきではない」「やむを得なければやってもよい」「こだわらず自由にやってもよい」と人によって許容範囲が大きく異なるデリケートな問題となっている。

一方、篆書体フォントは字形に対してはかなり自由であり、『説文解字』の字形を基準とすると「間違い」とされるような字形が通用していることが少なくない。

また他の小篆の字や隷書楷書の形を参考にしたり、仮名を小篆風に仕立てるなどして大量の造字を行い、「楷書風の小篆」「新字体の小篆」「仮名の小篆」「アルファベット・アラビア数字などの小篆」などといった歴史的に有り得ないはずの文字を生み出している。

一見すると篆書体フォントの制作態度はいい加減であるように思えるが、そう解釈すべきではない。篆書体フォントはあくまでパソコン用のフォントであるため、その制作は「デザイン」としての側面を持ち、『説文解字』のような一つの基準に縛られる必然性が必ずしもあるわけではない。

また実用書体として作られているため、字形が全く現在の書体と似ても似つかなかったり、また字そのものがないなどの現象が多発する篆書体そのままを使用することは出来ない。また姓名・会社名を記す以上、日本独自の字形・文字である新字体や仮名に対する対応も必要になる。伝統と歴史を重視する書道用・篆刻用書体の小篆とは、立場も存在目的も異なるのである。

このようなことから「篆書体フォント」はあくまで小篆のデザインを実用本位で模倣した一種の装飾フォントであり、伝統的な「小篆」とは違う。

印影の画一化

篆書体フォントは先述のように小篆による印章作成を容易にしたが、逆に誰でも同じフォントを買って導入することが出来るようになったため、全く違う店で彫ったにもかかわらず印影が同じ、という事態が発生している。

このことは小篆を用いた印章の証明性を下げる事態にもなりかねず、将来的に問題となる可能性がある。


  1. ^ 『蒙漢詞典』
  2. ^ 『満漢大辞典』
  3. ^ 石川九楊『説き語り中国書史』新潮社、2012年、21頁。ISBN 9784106037085 






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