坂口光治 政治活動

坂口光治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/13 03:55 UTC 版)

政治活動

東京都議会議員(5期)

専門学校教員を退職し、都議会議員選挙に初出馬する際は、「坂口こうじを支持する女たちの会」という会が発足し、多くの女性、高齢者などからの支持を受け、初当選を果たす。人権を守るための科学、暮らしの中の発言を大切に、開かれた都政を目指した。高齢化社会での地域福祉を考え、住民同士の助け合いに目を向け、「自助」「公助」「共助」(三助)による「地域住民参加型福祉サービス」などを提唱[13]

海外の都市を公私ともに多数訪問し、世界各地の都市問題を調査している[14]。それらの研究を元に、議会では積極的な政策提言を行い、自費出版物も多い[15]。東京都が全国に先駆けて制定した「土地取引適正化条例」や「東京都住宅基本条例」の制定に尽力した[16]

田無市保谷市合併問題にも尽力、地元の都市基盤整備、住宅問題、福祉や医療体制の充実に尽力した。

西東京市長選挙2005年2月・2009年2月

西東京市は「平成の大合併」の1つである田無市と保谷市の合併時の選挙で旧両市長の一騎討ちとなり、そのしこりが残る形となっていた[17]

2005年2月の選挙戦をめぐっては小倉智昭を司会として市内の「こもれびホール」にて公開討論会(2005年1月23日・青年会議所主催)が行われた。[18]この時の選挙戦は双方の幹部クラスの国会議員が応援演説に駆けつけ、市民の関心が大変高い選挙戦となった[19]

坂口は民主党、共産党、社民党、生活者ネットからの支持を受け、当時、地方自治体選挙では珍しかった(同市では初めての)政権公約(マニフェスト)を作成し、「市民参加」「情報公開」「説明責任」の三原則のほか、多選自粛(最長で3期12年まで)や市長公用車の廃止、不要不急の公共事業の見直し等、41項目の具体的な項目を挙げて幅広い支持を集め圧勝した。(坂口こうじ 40,771票 保谷高範 27,110票/投票率45.69%)[17]

2009年2月に行われた二期目の西東京市長選は、明確な争点が見えず投票率は37.19%と低迷した。選挙は接戦で無所属現職の坂口が無所属新人二人を破り再選を果たした(坂口光治25,844票 保谷七緒美21,607票 内田直之9,098票)[20]

坂口は低投票率について、「自分への批判として謙虚に受け止める」と語った[21]

西東京市長として

長野県知事(当時)の田中康夫は坂口の事を「市民と同じ目線と体温を持つ政治家」と評した。[22]坂口は「お年寄りや若者、子供も、障害を持つ人も、健康な人も、生き活きと暮らせる西東京市」を目標とし、西東京市の抱える都市問題を分析、選挙戦では分野毎に項目立てした公約(マニュフェスト)を作成している。施政方針は、市の中長期総合計画を踏まえ、公約に基づき年度毎の具体的な事業を実施する方法で行った[4]初当選時は保守層から「野合」と批判され予算編成も懸念されたが、それらをまとめてきた政治手腕を評価する声がある。[23]

初当選後、市長給与及び市議報酬の10パーセント引き下げを西東京市議会に諮ったが、反対多数で否決された。西東京市の報酬審議会では、逆に給与の10パーセント引き上げが答申され[24]2008年4月から市長給与が月額8万5千円増額された[25]

西東京市の財政難により、ゴミ収集の有料化を決定した。そのことにより、ゴミの減量化と、財政の健全化が図られた。

市政運営では、タウンミーティングなどによる、市民参加の手法を大切にしていた。2009年の二期目の市政においては、選挙公約に基づく市長給与の20パーセント減額を行う[26]とともに、保谷駅南口再開発事業の完成、ひばりヶ丘駅北口の街路整備事業の促進[27]、健康都市宣言[28]はじめ市民の保健・医療・福祉・介護の充実等、前市長の保谷高範が進めていた政策をそのまま引き継ぐ形で取り組んだ。また、第2次基本構想・基本計画案の作成[29]に着手したが、2013年二期の任期満了とともに退職した。市長二期の公約達成率は両期とも80%を超えている。

在任中は、東京都市長会[30]の建設部会長や、東京都たま広域資源循環組合の理事、柳泉園[31]組合の副管理者として、ゴミの減量や環境問題に取リ組んだ。また、多摩六都科学館[32](5市の一部事務組合)の管理者として施設の充実(プラネタリウムギネスブックに登録)、公立昭和病院[33]組合(8市の一部事務組合)の理事及び会長として地域医療の充実、多摩北部都市広域行政圏[34]協議会(5市)理事及び会長として、鉄道の連続立体交差を含む都市基盤整備の促進等にも取り組んだ。


  1. ^ a b c 信州上田観光大使の坂口光治大使プロフィールより。
  2. ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、146頁。
  3. ^ 朝日新聞 武蔵野版 2005年2月1日号
  4. ^ a b 読売新聞 2005年2月1日号
  5. ^ 東京都議会歴代議員略歴集(昭和18年~平成21年)
  6. ^ 都政新聞 1986年9月26日号、毎日新聞1986年9月23日号、読売新聞9月23日号
  7. ^ 東京都議会会議録 1985年〜2005年
  8. ^ 市報の主な記事 2005年2月15日号 No.106西東京市ホームページ
  9. ^ 都政新報 2009年3月17日号
  10. ^ 市政情報 保谷駅南口地区第一種市街地再開発事業の完了 2012年4月1日西東京市Web
  11. ^ “選挙:西東京市長選 坂口市長、不出馬を正式表明 /東京”. 毎日新聞. (2013年1月16日). オリジナルの2013年7月2日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/x7vR9 2013年5月22日閲覧。 
  12. ^ 年譜 東京都議会歴代議員略歴集禄(昭和18年~平成21年)
  13. ^ 東京新聞 1995年6月4日号「論説室から」
  14. ^ 東京都議会局調査部発行『都市問題視察調査報告書』1987年3月、『海外都市リポート』1990年3月他
  15. ^ 「土地・住宅・まちづくり政策」1990年8月28日、「新・東京都政の課題と展望‐地域編‐」1996年10月1日、「21世紀東京都政の課題と展望」2001年1月21日、他多数
  16. ^ 都政新聞 1986年9月26日号、毎日新聞 1986年9月23日号、読売新聞 9月23日号
  17. ^ a b 朝日新聞 2005年2月7日号
  18. ^ 読売新聞 武蔵野版 2005年1月25日号
  19. ^ 東京新聞 2005年2月7日
  20. ^ “坂口氏が2新人破り再選 西東京市長選”. MSN産経ニュース. (2009年2月9日). オリジナルの2009年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090221020123/http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/090209/tky0902091042001-n1.htm 2022年11月2日閲覧。 
  21. ^ 毎日新聞 武蔵野TOKYO 2009年2月10日号
  22. ^ 朝日新聞 むさしの版 2005年2月1日号
  23. ^ 都政新報 2009年1月13日号
  24. ^ 特別職報酬等審議会:平成19年11月20日答申 - 特別職の職員の報酬等について
  25. ^ 西東京市 - 市長等特別職の報酬等について
  26. ^ 市職員の給与等をお知らせします
  27. ^ ひばりヶ丘駅北口のまちづくりについて
  28. ^ 健康都市宣言 西東京市Web
  29. ^ 市政情報 総合計画 西東京市Web
  30. ^ 東京都市長会
  31. ^ 柳泉園
  32. ^ 多摩六都科学館
  33. ^ 公立昭和病院
  34. ^ 多摩北部都市広域行政圏


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