在日米軍再編 岩国基地への空母艦載機部隊移転

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在日米軍再編

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/07 06:12 UTC 版)

岩国基地への空母艦載機部隊移転

空母艦載機移転を巡る背景

山口県岩国市岩国基地は市街地に近接する基地であることから、これまでも騒音に対する苦情が多く寄せられていた。日本政府はこの状況を解決する策として、現在の岩国基地を約1km沖合に展開し滑走路を移設することを決め、1997年度(平成9年度)より事業に着手し、2010年5月に滑走路を移設した。

厚木基地周辺では1982年より空母艦載機の夜間離着陸訓練 (NLP)が実施され、 それに伴う騒音が問題視されており、騒音訴訟で防衛庁側は敗訴を重ねていた。一方岩国基地は、厚木に比較して防音工事の対象となる区域が遥かに小さく[9]、地元自治体が基地沖の埋め立てを地元から要望し、政治的には強力な保守基盤で騒音訴訟もなく米軍に協力的であった。1998年頃より守屋武昌は数十回以上岩国商工会議所の会頭(当時)らと会合を持ち、岩国基地の拡張工事に加え、沖合にメガフロートの滑走路を建設し艦載機部隊とNLPの誘致を行う構想を練っていた[要出典]。守屋らは積極的にこの構想を米側に持ちかけており、この動きは空母艦載機の岩国移転の伏線となった。

そのような状況の中で、2002年より日米間で正式に検討されることになった在日米軍の再編計画の中で、厚木基地神奈川県綾瀬市大和市)に配属されている空母艦載機57機などを岩国基地に移駐させる計画が浮上し、2005年10月29日の在日米軍再編計画の中間報告に於いてこのことが公表された。厚木基地周辺では従前より空母艦載機の夜間離着陸訓練 (NLP) に伴う騒音が問題視されており、政府としては沖合展開される岩国基地に移駐させることにより騒音問題の解決を狙った計画であった。この提案は日本側から行われたとし、事実米側は横須賀より離れた岩国への移転は不便をともなうものとし、「この計画を米側は「イワクニは日本側からの提案」との認識を示している。

岩国市にとっては空母艦載機の移転はそのままNLPが岩国で行われることになり、厚木基地周辺の騒音問題がそのまま岩国に持ち込まれるのではないかと危惧されることになった。事実、元防衛官僚の太田述正は仙台防衛支局長時代の2000年11月に米国総領事に岩国の沖合移設が終われば最もNLPに適した場所になるとするメモを提出したと証言し、そのメモを自身のブログに公開した[要出典]。実際に沖合移設について1992年6月18日付きの防衛施設庁、広島防衛施設局、山口県、岩国市(署名者は岩国市基地対策担当部長)の合意議事録で山口県、岩国市は「将来とも受け入れざるを得ない」と回答している。この議事録の存在は2001年に明らかになったが、あくまで予算をつける為の方便であったとして国と県、市は協議し議事録に効力は無いことを確認した。2003年の日米審議官級協議では米側が岩国へのNLP実施を求めたが、結局2006年5月の最終協議では2009年7月までに実施場所を決定するということとなった。

住民投票に至るまで

在日米軍再編計画の中間報告を受けて、岩国への空母艦載機受け入れを明確に拒否するべきだとする井原勝介岩国市長(当時)と、空母艦載機の移転そのものは甘んじて受け入れた上で国から経済支援策を引き出すなどの条件闘争に転ずるべきだとする岩国市議会が対立した。膠着状態が続く中で、井原市長は岩国市住民投票条例(平成16年3月12日岩国市条例第2号)に基づく住民投票により、住民に米空母艦載機の岩国基地への移駐案受け入れの賛否を問うことを計画した。

このことは岩国市の合併前に旧市においてのみ行われるということもあり、議会のみならず合併相手となる周辺自治体からも井原市長のスタンドプレーではないかとの批判の声が上がった[要出典]。しかし、井原市長としては住民投票を行うには旧市で行う必要があったことと、直接の利害関係者である旧市民の声を聞きたいとの判断により住民投票の実施を最終的に決断。2006年2月7日に岩国市に発議し、新市合併日(3月20日)の8日前である3月12日投開票と決まった。

住民投票における運動

住民投票の実施にあたっては住民の中からも、NLPによる騒音被害は問題である反面、米軍再編に伴う移住人口の増による経済効果も否定できないとして単純に賛成・反対を決断できないという声も多く聞かれた。また、米軍基地に肯定な人の中は「米軍基地の経済効果は否定しない。しかし、政府からの説明が少ない以上、これ以上の拡大は疑問」と政府の岩国市への対応に疑問を投げかける人が少なくなかった[要出典]

なお、住民投票条例の第12条には次のような文言がある。

住民投票は、投票した者の総数が当該住民投票の投票資格者数の2分の1に満たないときは、成立しないものとする。この場合においては、開票作業その他の作業は行わない。

このことから、岩国市議会や地元商工団体を中心とする空母艦載機受け入れ賛成派は住民投票そのものの不成立を狙い、「賛成に投票」ではなく「あえて投票に行かない」ことを主眼とした運動を行った。このため、住民投票告示後の選挙活動は「反対に投票」と「投票に行かない」という、いびつな対立構図となった。

住民投票の結果と波紋

2006年3月12日に行われた住民投票の結果、投票率は全有資格者の58.68%となり、住民投票は成立。その上で、空母艦載機受け入れに反対が43,433票となり、賛成(5,369票)を大きく上回るだけでなく、当日有資格者全体の過半数を占める結果となった。これを受けて井原市長は、空母艦載機受け入れ反対を正式表明した。また、これを受けて二井関成山口県知事も「(現時点では)地元の理解が十分得られておらず、県としても(空母艦載機移転を)容認できない」旨を表明した。

しかし、国全体の防衛政策に関わる在日米軍再編計画(と、それに伴う空母艦載機移転)についての問題が住民投票になじむのかという意見があり、住民投票結果を受けても在日米軍再編計画に影響はないのではないかという見方がある[要出典]また、周辺町村との合併により旧岩国市の条例であった住民投票条例そのものが消滅し、新市に於いて旧市の住民投票結果の効力そのものを疑問視する声もある[要出典]。その一方で、投票の結果が当日有資格者の過半数による反対であったことは事実であり、この投票結果は重んじられるべきだとする声もあった[要出典]

その後の動静

2006年4月23日に行われた合併後初の岩国市長選挙において、空母艦載機移転撤回を主張した井原勝介(旧岩国市長)が、空母艦載機移転受け入れを前提として国と協議すべきだと主張した自由民主党推薦の新人味村太郎候補らを破り当選した。これを受け、井原市長は改めて合併後の岩国市として空母艦載機移転に反対の態度を表明している。

一方で、在日米軍再編については2006年5月1日に日米両政府の間で空母艦載機部隊移転を含めた再編計画「再編実施のための日米のロードマップ」に合意。これを踏まえて二井山口県知事は「基本的に空母艦載機部隊移転には反対ではあるが、政府間合意が成された以上は国との協議には応じるべき」と柔軟な姿勢を見せつつある。一方で井原岩国市長(当時)は「在日米軍再編に対する市民の不安が払拭されていない」「空母艦載機部隊移転計画ありきでの協議には応じられない」と強硬な姿勢を崩していない。

その中で防衛施設庁は、在日米軍再編計画への地元の同意がないことを理由に、2005年より3年計画で予定されていた岩国市役所庁舎改築事業への国からの補助金[10]を凍結し、2007年度予算に計上しなかった。米軍再編に防衛官僚として使命を持っていた守屋武昌事務次官の判断であった。このため、国からの補助に替え合併特例債を財源とした市庁舎改築事業の予算案を巡って岩国市議会が紛糾、岩国市の当初予算が6月定例議会でも成立しないという事態に陥った[11]。国の強硬姿勢が明らかになったことで、岩国市と国との対立、さらには岩国市内部での対立が深まる様相を示していた。

その後、国と岩国市の協議が膠着状態となる中で、全ての周辺自治体が空母艦載機移転に反対していたうち、広島県大竹市入山欣郎市長が2006年12月22日にこれまでの態度を一転させて、米空母艦載機部隊の移転受け入れを初めて表明した。久間章生防衛庁長官は入山に「この恩を肝に銘じる」と言って感謝した[12]。周辺自治体が切り崩される中で岩国市当局は、2007年9月議会にも岩国市庁舎改築事業の財源の大半を合併特例債に切り替える補正予算を2度提案したが、在日米軍再編に同意し米軍再編交付金の受け入れを迫る議員が過半数を占める市議会がこれをいずれも否決した。一方で合併特例債の申請期限が迫っており、この状態が続くと歳入欠陥が発生する懸念があった。この状況を打開すべく井原は2007年12月26日、12月議会での通算5度目の予算案提案の際に「私の首と引き換えに予算を通してほしい」とし、市議会議長に辞職願を提出した[13]

その結果、2008年2月10日に在日米軍再編を争点とした出直し市長選が行われた。この選挙で、議会主流派が支持し在日米軍再編に関して国との条件交渉を求める新人の福田良彦(元自民党衆議院議員)が移転反対を訴えた前職の井原勝介を僅差で破り当選した[14]。就任直後の移転容認表明は避けたものの、選挙結果を受けて国は「移転容認」を正式表明した段階で、当初の補助金に相当する額を支給できる新たな補助金を創設する予定としている[15]


  1. ^ 両国の閣僚二人ずつの参加を指し、「2プラス2」(the 2 plus 2 meeting) と呼ばれる。
  2. ^ US-Japan Security Consultative Committee
  3. ^ US-Japan Alliance: Transformation and Realignment for the Future
  4. ^ Richard P. Lawless, US Deputy Under Secretary of Defense for Asian and Pacific Affairs
  5. ^ Unit of Employment, X [1]
  6. ^ “米艦載機、移駐始まる 厚木基地から岩国へ”. 朝日新聞. (2017年8月10日). http://www.asahi.com/articles/DA3S13080388.html 2018年1月10日閲覧。 
  7. ^ “厚木この日もヘリごう音 米艦載機、岩国移駐開始”. 東京新聞. (2017年8月10日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017081002000137.html 2018年1月10日閲覧。 
  8. ^ 厚木から米艦載機60機 岩国へ移駐完了 極東最大級2018年4月1日.東京新聞
  9. ^ 艦載機移転へ課題山積 「負担減」国説明に不安『中国新聞』2008年6月6日
    防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律による第1種区域は厚木が10500haに対して岩国が移設前で1600ha、移設と再編による移駐が実施された後で500haとなっている。
  10. ^ 元々は1996年の沖縄に関する特別行動委員会 (SACO) での合意に基づく沖縄・普天間飛行場からの空中給油機移転を受け入れる見返りによるもの。なお普天間受け入れ自体は米軍再編の途中段階であり、この時点で完了していなかった
  11. ^ なお、予算は定例議会終了後の2007年6月29日に開かれた臨時会で、国からの補助受け入れを前提にようやく成立した。
  12. ^ “IWAKUNI迫る爆音 自治体の役割③”. 『中国新聞』. (2008年3月19日) 
  13. ^ 山口・岩国市長が辞職願、新庁舎建設費の補正予算案めぐり - 読売新聞2007年12月26日付
  14. ^ 「岩国市長選 福田氏が初当選 基地「移転容認」に民意」 毎日新聞2008年2月11日付
  15. ^ 「容認派が市長当選の岩国市に補助金交付へ」 毎日新聞2008年2月16日付


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