国鉄EF59形電気機関車 国鉄EF59形電気機関車の概要

国鉄EF59形電気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/05 08:32 UTC 版)

国鉄EF59形電気機関車
EF59 1 2007年4月撮影
基本情報
運用者 日本国有鉄道
種車 EF53形EF56形
製造年 1932年 - 1940年(種車)
改造年 1963年 - 1972年
改造数 24両
引退 1986年
投入先 山陽本線瀬野八
主要諸元
軸配置 2C+C2
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1500V
全長 19,920 mm
全幅 2,810 mm
全高 3,940 mm
運転整備重量 106.60 t
動輪上重量 85.62 t
台車 動力台車:HT53、HT59[注 1]
従台車:LT214、LT215[注 2]
軸重 14.27 t
動力伝達方式 歯車1段減速、吊り掛け式
主電動機 MT17 × 6基(1- 12)
MT17A × 6基(13 - 24)
歯車比 21:77=1:3.67
制御方式 重連、抵抗制御、3段組合せ制御、弱め界磁制御
制御装置 電磁空気単位スイッチ式
制動装置 EL14A空気ブレーキ手ブレーキ
最高運転速度 95 km/h
定格速度 51 km/h (1時間定格)
定格出力 1,350 kW (1時間定格)
定格引張力 11,700 kg (1時間定格)
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山陽本線瀬野 - 八本松間にある、「瀬野八」と呼ばれる22.6‰が連続する勾配区間の補助機関車(補機)として使用するためにEF53形EF56形から改造された。

登場の経緯

山陽本線の瀬野 - 八本松間では、1962年電化が実施されたあとも貨物列車用の補機としては従来のD52形蒸気機関車を使用していたが、1963年(昭和38年)度中に岡山 - 広島間の貨物列車を電気機関車に置き換える際、瀬野八の補機も全面的に電気機関車に置き換えることが決定された。

計画段階では、EF60形をベースに新形式機関車を製造する案や、EH10形を改造する案、ED60形を増備して使用する案なども出されたが、置き換えにかかる経費を考慮し、信越本線電化および東北本線高崎線の客車列車の電車化により余剰となるEF53形を改造して補機とする案が1962年末に決定[1]、1963年3月から4月にかけてまず2両の改造工事を実施した。

当初、最高運転速度は85km/h以下で、形式はEF20形となる計画だったが、特急列車が広島駅で補機を連結して広島 - 瀬野間で90km/hでの運転を行うことから、最高運転速度85km/h以上を意味するEF59形という形式になった。

改造

EF59 1の東京側連結器回り。空気管付き連結器と自動開放装置を確認できる

主な改造内容は以下のようなものである。

  • 歯車比の変更(2.63 → 3.67)
  • 重連総括制御装置[注 3]の取り付け
  • 両車端部に総括制御用ジャンパ栓、釣合い管と元空気溜め管連結ホースを取り付け
  • 1エンド側(東京方)に、D52・EF61形と同様に連結器の自動解錠装置を取り付け

改造当初は車体色をぶどう色(茶色)一色としていた[2]が、八本松や西条からの機関車回送時には保線作業員からの視認性が問題となったため2エンド側(下関方)に警戒色を施すこととなり、1966年(昭和41年)に前面窓下と端梁を黄色一色に塗るものと黄色と黒をV字型に塗ったトラ模様が実際の車両で比較され[3]、トラ模様の警戒色が採用された(EF59 24のみ逆V字で塗装)。

昭和40年代前半には瀬野八を越える貨物列車の補機運用は西条駅停車での解放が基本となった一方、同時期に登場した10000系貨車のみで組成された特急貨物列車(後の高速貨物列車)に対しては例外的に走行解放を続けていたものの[4]保安上の問題から連結器の接続と同時に10000系貨車へ電気連結器とブレーキ管を接続、走行解放時には連結器・電気連結器とブレーキ管の解放だけでなく補機のブレーキも自動で作動させる電空式密着自動連結器を取り付けることとなり、1968年(昭和43年)以降の改造車は当初より、それ以前の改造車は連結器の追加改造を行って1970年(昭和45年)から本格的に使用を開始した[5][6]。その結果東京方の連結器周りは、非常にいかめしい構えとなった。

EF53形は1968年までに19両全機がEF59形に改造された。のちにEF56形から5両が追加改造され、EF59形は計24両が在籍していた。


注釈

  1. ^ 1 - 12, 20 - 23はHT53、13 - 19は混合、24はHT59
  2. ^ 1 - 12は混合、13 - 19はLT215、20 - 23はLT218、24はLT218A
  3. ^ 関門トンネルで使用されていたEF10形の総括制御装置を元にしたものである。
  4. ^ 1972年10月ダイヤ改正で関西発着の寝台特急については規格ダイヤによる速度低下が実施され、牽引機がEF65形からEF58形に変更されたため、上り列車についてはEF59形の補機が必要となった。
  5. ^ 寝台特急列車も山陽新幹線全通前の在来線優等列車が多く運転された時期には運用の都合一部が瀬野駅に運転停車して補機を連結した。

出典

  1. ^ 久保田博「山陽線瀬野・八本松間の補機用電機形式の選定」『JREA』 6巻、3号、日本鉄道技術協会、1963年3月、37-39頁。doi:10.11501/3255810https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3255810/26  一部に"EF10形も検討対象だった"という言説があるようだが、EF10の余剰車がないため検討されなかったと明記されている
  2. ^ 長船友則「EF59補機として運転開始」交友社『鉄道ファン』1963年8月号 No.26 p64
  3. ^ 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』2022年7月号 No.1000 p136掲載写真
  4. ^ 平川洋一「列車追跡シリーズ9 シェルパ・EF59の一日」鉄道記録映画社『鉄道ジャーナル』1969年5月号 No.21 p4-13
  5. ^ 庄田秀「山陽本線 瀬野越え補機の回送と現況」交友社『鉄道ファン』1974年8月号 No.160 p24-25
  6. ^ 藤本勝久「EL版 ヨン・サン・トオの回顧」 交友社『鉄道ファン』1993年10月号、No.390 p76
  7. ^ 庄田秀「山陽本線 瀬野越え補機の回送と現況」交友社『鉄道ファン』1974年8月号 No.160 p24-30
  8. ^ 村上勉「セノ=ハチのEF59のあゆみと現状」電気車研究会『鉄道ピクトリアル』1982年4月号 No.402 p51-53
  9. ^ 鉄道ジャーナル』第20巻第13号、鉄道ジャーナル社、1986年12月、116頁。 


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