印刷機 歴史

印刷機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/11 09:19 UTC 版)

歴史

経済状況と知的環境

中世大学 の授業風景 (1350年代)

ヨーロッパにおける中世後期社会の急速な経済的かつ社会文化的発展は、グーテンベルクの改良版印刷機にとって好ましい知性的状況および技術的状況を生み出した。新たに興った資本主義の起業精神は中世の製造モデルにますます影響を及ぼし、経済的思考を促進して、伝統的な作業プロセスの効率を改善した。中流階級全体で中世の学習および識字能力が急激に高まったことで本の需要が高まり、時間のかかる手書きによる複製(いわゆる写本)の方法では対応できなくなっていた[12]

技術的要因

印刷機の発明につながった印刷機以前の技術には、紙の製造、インクの開発、木版印刷、眼鏡の配布などがあった[13]

同時に、多くの中世の工業製品や技術工程が成熟レベルに達して、それらを印刷目的に転用できる可能性が出てきた。 グーテンベルクは遠く離れたこれらの糸同士を縒り合わせ、完全で機能的な一つのシステムに統合し、そして自身の多くの発明および革新を付け足すことにより印刷工程をその全段階を通して完成させた。

初期の近代的なワイン圧搾機。 こうしたスクリュープレスはヨーロッパで幅広い用途に適用され、グーテンベルクに印刷機のひな型を提供した。

平らな面に直接圧力を加えることを可能にしたスクリュープレスは、グーテンベルグの時代には既にかなり古くからあるもので、幅広い作業に使用されていた[14]。ローマ人によって西暦1世紀に導入されると、それは地中海地方や中世の食事に欠かせないものとなっていたワイン用ブドウオリーブの油料種子を圧搾するため一般的に農業生産で使われた[15]。この装置はまたごく早期から、都市部では捺染[注釈 3]加工の布地プレスとしても使用された[17]。また、14世紀後半より神聖ローマ帝国に普及して同じ機械原理で稼働していた、製紙プレスからグーテンベルクは着想を得たのかもしれないとする説もある[18]

グーテンベルクはスクリュープレスの基本的設計を採用し、それによって印刷プロセスを機械化した[19]。とはいえ、印刷はプレス作業とは全く異なるものを機械に要求する。グーテンベルクは、プラテン(転写するために圧力をかける平らな盤。圧盤)によって紙にかかる押圧力が直ちに均等になりかつ必要とされる急な弾力性で加わるよう、その構造を適応させた。印刷工程をスピードアップするため、彼はシートを素早く交換させることが可能な平たい表面を備えた可動式の土台机を導入した[20]

可動式活字は活字ケース内にて分類されており、上に置かれた組版ステッキの中に装填されていく。

可動式活字の概念は15世紀には新しいものではなくなった。 可動式印刷は宋代に中国で発明され、後に韓国で高麗時代に使用され、そこでは1234年に可動式金属活字の印刷技術が開発された[3][4]。ヨーロッパでは、個々の文字を再利用して文書を作成するという考えのタイポグラフィの原則が、グーテンベルク以前の12世紀以降あるいは恐らくそれ以前からよく理解されており、実際に採用された物証も散発的に存在している。知られている例はドイツ(プリュフェニング碑文)からイギリス(中世レタータイル)やイタリアにまで及ぶ[21]。しかしながら、そこに採用された様々な技術(文字個々の刻印、打ち抜き、組立て)は、広く受け入れられるようになるために必要な工夫や効率性を備えていなかった。

グーテンベルグは組版と印刷を二つ別々の作業段階として扱うことにより、その工程を大きく改善した。 金細工師を職とする彼は、現在でも使用されている印刷目的に適した主体の合金から自分の活字片(type pieces)を作成した[22]。金属文字の大量生産は、彼の主要な発明である特別なハンドモールドと母型によって達成された[23]。ラテン文字のアルファベットはこの工程において非常に有利である。なぜなら表語文字(例えば漢字象形文字)の書式体系とは対照的に、アルファベットなら理論上は最少約2ダースの異なる文字(AからZで計26個)がありさえすれば文章を作ることが可能な活字設定である[24]

印刷を促すもう1つの要因は、ローマ時代に始まったコデックス形式で存在する本から生じた[25]。印刷以前の本の歴史における最も重要な進歩を考えてみると、コデックスが中世初頭(西暦500年)に古代の巻物を完全に置き換えた[26]。コデックスは巻物型式よりもかなり実用的な利点がある。それは(ページを捲ることで)読むのがより便利であり、よりコンパクトで、より安価であること。そして特に、巻物とは違って、紙面の表裏を書き込みに印刷のために使用することができる点である [27]

著名な四十二行聖書の紙製コデックス、グーテンベルクの主要作品

4番目の発展は、製紙手作業の機械化で中世の製紙業者が早い時期に成功したことである。最初の確かな証拠は1282年にさかのぼるが[28]、水力を使った製紙工場の導入は生産の大幅拡大を可能にし、中国人やイスラム教徒の製紙業双方の特徴である(紙漉きなどの)骨の折れる手工芸を置き換えていった[29][30]。製紙センターは13世紀後半にイタリアで増殖し始め、紙の価格を羊皮紙の6分の1に減らし、その後さらに下がった。1世紀を経て製紙センターはドイツにも及んだ[31]

にもかかわらず、紙の最終的な飛躍的進歩は、可動型活字印刷の急速な普及に大きく依存したようである[32]。特筆すべきは、品質の点で他のどの筆記素材よりも優れている羊皮紙のコデックスが[33] 、グーテンベルクの四十二行聖書の版にまだかなりの割合を占めていたことである[34]。多くの実験を行い、紙を浸すことでグーテンベルクは伝統的な水性インクが引き起こす難題をどうにか克服し、金属活字の高品質印刷に適した油性インクの処方を見つけた[35]


  1. ^ 活版印刷における金属活字は、まず金属をノミで削るなどで文字が凸型の「父型(punch)」を作成。次に父型を金属板にあててハンマーで打つことで文字が凹型になった「母型(matrix)」が作られ、母型に溶けた合金を入れて固めると金属活字が複製できる[5]。この「母型」がグーテンベルクの大発明とされる。
  2. ^ 歴史の定説として、マルティン・ルターによるカトリック教会の贖宥状批判(95か条の論題)がヨーロッパじゅうに知れ渡ったのには、活版印刷が大きく関わっている[9]
  3. ^ 捺染とは布に色模様を染めつけること。塗料と糊を混ぜたものを布地に直接刷り込んで、布地に模様を染色することを言う[16]
  4. ^ 日本では、ギャレー(galley)が訛って「ゲラ」と呼称される。いわゆるゲラ刷りもこの木枠名称に由来したもの。[37]
  5. ^ この道具はインクボールと呼ばれ、日本の画材で言うならタンポのこと。英語版en:Ink ballに写真が掲載されているので参照されたい。
  6. ^ 凸版印刷の手作業で、プラテンという圧盤を押し付ける前に用紙の上に重ねる、圧力を均等にするための、枠にピンと張った布や紙のこと。
  7. ^ インクを付けてはならない特定範囲を覆うためのマスキング用紙みたいなもの。
  8. ^ 本来は足の仕組みで、足指背屈によって内側縦アーチが拳上し、(歩行時に必要な)蹴り出しの推進力を生み出すというもの[40]。この文脈では、類似の機械的構造で台が蹴り出されるように動く装置のこと。
  9. ^ 手でレバーを水平に引くと、ねじで垂直方向の力が版面にかかるという仕掛けの印刷機。手引き印刷機とも[66]
  10. ^ 2017年まではKBAという社名だったが、創業200周年を機に創業者の名を冠した社名に変更した。日本の分社も、KBAジャパンから「Koenig & Bauer JP」となっている[67]
  1. ^ For example, in 1999, the A&E Network ranked Gutenberg no. 1 on their "People of the Millennium" countdown. In 1997, Time-Life magazine picked Gutenberg's invention as the most important of the second millennium Archived 10 March 2010 at the Wayback Machine.; the same did four prominent US journalists in their 1998 resume 1,000 Years, 1,000 People: Ranking The Men and Women Who Shaped The Millennium. The Johann Gutenberg entry of the Catholic Encyclopedia describes his invention as having made a practically unparalleled cultural impact in the Christian era.
  2. ^ McLuhan 1962; Eisenstein 1980; Febvre & Martin 1997; Man 2002
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  5. ^ 父型 (punch) と母型 (matrix) 」インキュナブラ小辞典(国立国会図書館サイト内)、2019年5月2日閲覧。
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  8. ^ Weber 2006, p. 387:
    At the same time, then, as the printing press in the physical, technological sense was invented, 'the press' in the extended sense of the word also entered the historical stage. The phenomenon of publishing was born.
  9. ^ マルティン・ルターと宗教改革 - 「95か条の提題」から500周年」、ニュースダイジェスト、2017年2月17日。2019年5月5日閲覧。
  10. ^ Anderson, Benedict: "Comunidades Imaginadas. Reflexiones sobre el origen y la difusión del nacionalismo", Fondo de cultura económica, Mexico 1993, 978-968-16-3867-2, pp.63-76
  11. ^ Gerhardt 1978, p. 217
  12. ^ Eisenstein 1980; Febvre & Martin 1997; Man 2002
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  14. ^ Wolf 1974, pp. 21–35
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  16. ^ 捺染とは」コトバンク、百科事典マイペディアおよびデジタル大辞泉の解説より。2019年5月2日閲覧。
  17. ^ Schneider 2007, p. 158
  18. ^ Schulte 1939, p. 56
  19. ^ Wolf 1974, pp. 39f.
  20. ^ Wolf 1974, pp. 39–46
  21. ^ Germany: Brekle 1995, pp. 23–26; Brekle 1997, p. 62; Brekle 2005, p. 25; England: Lehmann-Haupt 1940, pp. 93–97; Brekle 1997, p. 62; Italy: Lipinsky 1986, pp. 75–80; Koch 1994, p. 213. Lipinsky surmises that this typographical technique was known in Constantinople from the 10th to 12th century and that the Venetians received it from there (p. 78).
  22. ^ Encyclopædia Britannica 2006: "Printing", retrieved 27 November 2006
  23. ^ Childress 2008, pp. 51–55
  24. ^ Childress 2008, pp. 51–55; Hellinga 2007, p. 208:
    Gutenberg's invention took full advantage of the degree of abstraction in representing language forms that was offered by the alphabet and by the Western forms of script that were current in the fifteenth century.
  25. ^ Roberts & Skeat 1983, pp. 24–30
  26. ^ Roberts & Skeat 1983, pp. 1, 38–67, 75:
    The most momentous development in the history of the book until the invention of printing was the replacement of the roll by the codex; this we may define as a collection of sheets of any material, folded double and fastened together at the back or spine, and usually protected by covers. (p. 1)
  27. ^ Roberts & Skeat 1983, pp. 45–53. Technically speaking, a scroll could be written on its back side, too, but the very few ancient specimen found indicate that this was never considered a viable option. (p. 46)
  28. ^ Burns 1996, p. 418
  29. ^ Thompson 1978, p. 169; Tsien 1985, p. 68-73; Lucas 2005, p. 28, fn. 70
  30. ^ Thompson 1978, p. 169; Burns 1996, pp. 414–417
  31. ^ Burns 1996, p. 417
  32. ^ Febvre & Martin 1997, pp. 41–44; Burns 1996, p. 419:
    In the West, the only inhibiting expense in the production of writings for an increasingly literate market was the manual labor of the scribe himself. With his mechanization by movable-type printing in the 1440s, the manufacture of paper, until then relatively confined, began to spread very widely. The Paper Revolution of the thirteenth century thus entered a new era.
  33. ^ Roberts & Skeat 1983, pp. 7f.:
    Despite all that has been said above, even the strongest supporters of papyrus would not deny that parchment of good quality is the finest writing material ever devised by man. It is immensely strong, remains flexible indefinitely under normal conditions, does not deteriorate with age, and possesses a smooth, even surface which is both pleasant to the eye and provides unlimited scope for the finest writing and illumination.
  34. ^ The ratio between paper and parchment copies is estimated at around 150 to 30 (Hanebutt-Benz 2000, pp. 158–189).
  35. ^ Childress 2008, p. 60
  36. ^ Wolf 1974, pp. 67f.:
    From old price tables it can be deduced that the capacity of a printing press around 1600, assuming a fifteen-hour workday, was between 3,200 and 3,600 impressions per day.
  37. ^ 校正刷りとは」コトバンク、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より。
  38. ^ Lyons 2011, p. 59
  39. ^ [1] RIND Survey (The Press Institute of India- Research Institute for Newspaper Development) June 2015, p14
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  50. ^ Needham 1965, p. 211:
    The outstanding difference between the two ends of the Old World was the absence of screw-presses from China, but this is only another manifestation of the fact that this basic mechanism was foreign to that culture.
    Widmann 1974, p. 34, fn. 14:
    In East Asia, both woodblock and movable type printing were manual reproduction techniques, that is hand printing.
    Duchesne 2006, p. 83; Man 2002, pp. 112?115:
    Chinese paper was suitable only for calligraphy or block-printing; there were no screw-based presses in the east, because they were not wine-drinkers, didn’t have olives, and used other means to dry their paper.
  51. ^ Issawi 1980, pp. 492
  52. ^ Duchesne 2006, p. 83
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  54. ^ The British Library Incunabula Short Title Catalogue gives 29,777 separate editions (not copies) as of 8 January 2008, which however includes some print items from the 16th century (retrieved 11 March 2010). According to Bettina Wagner: "Das Second-Life der Wiegendrucke. Die Inkunabelsammlung der Bayerischen Staatsbibliothek", in: Griebel, Rolf; Ceynowa, Klaus (eds.): "Information, Innovation, Inspiration. 450 Jahre Bayerische Staatsbibliothek", K G Saur, München 2008, 978-3-598-11772-5, pp. 207-224 (207f.), the Incunabula Short Title Catalogue lists 28,107 editions published before 1501.
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  66. ^ 手引き印刷機 (hand press, Druckpresse)」インキュナブラ小辞典(国立国会図書館HP内)、2019年5月2日閲覧。
  67. ^ KBAジャパン、8月17日から社名を変更 創業200年を機に原点回帰の意味を込め Koenig & Bauer JP に」日本印刷新聞社、2018年07月30日。2019年5月2日閲覧。」
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