ニヌルタ 後世への影響

ニヌルタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/30 06:28 UTC 版)

後世への影響

古典古代

『ニムロド(Nimrod)』(1832年)。デーヴィッド・スコット英語版作。『旧約聖書』「創世記」10:8–12で言及される「勇敢な狩人」ニムロドは多くの学者によってニヌルタ自体か、この神の名にちなんだ名前を持つアッシリア王トゥクルティ・ニヌルタ1世から着想を得たものであると考えられている。

前7世紀後半、カルフ市は外敵によって占領された[6]。しかし、ニヌルタは完全に忘れ去られることはなかった[6]。多くの学者は、ニヌルタが『旧約聖書』「創世記」(10:8–12)で「勇敢な狩人」とされる登場人物ニムロドの原型であると考えている[46][44][47][48]。「ニヌルタ(Ninurta)」という名前がどのようにしてヘブライ語の「ニムロド(Nimrod)」へと変化したのか、未だ完全には明らかになっていないが[44]、両者はほぼ同じ権能と属性を持っており[49]、現在では「ニヌルタ」が「ニムロド」という名前の語源である可能性が高いと考えられている[44][6]。最終的にはニヌルタとの関係性から、カルフ市の支配者自体がアラビア語で「ナムルード(Namrūd)」の名で知られるようになった[6]

後に『旧約聖書』の「列王記」(19:37)および「イザヤ書」(37:38)において、アッシリア(アッスリヤ)王センナケリブが息子のアドラメレクとシャレゼル(ナブー・シャル・ウツル)によってニスロクの神殿で殺害されたことが記録されている[48][6][8][12][47]。このニスロクはニムロドの誤記による名称である可能性が高い[6][8][12][47]。この仮説はヘブライ文字מ英語版ס英語版と入れ替わり、またד英語版ך英語版と入れ替わったというものである[6][12]。これらの文字の明白な形状の類似と、アッシリアの神々の中にニスロクという名の神が確認されていないことから、大部分の学者はニスロクという名前について、誤記によって生じたという仮説が最も蓋然性のある説明であると考えている[6][12][47][50]。もし「ニスロク」がニヌルタであるならば、カルフのニヌルタ神殿がセンナケリブ殺害の現場であった可能性は非常に高いものとなる[50]。他の学者はニスロクをアッシリアの火の神ヌスク英語版と同定することを試みている[48]が、ハンス・ワイルドバーガー(Hans Wildberger)は提案されているこれら全ての仮説を言語学的にあり得ないものとして否定している[48]

『旧約聖書』「創世記」はニムロドをノアの大洪水後の最初の王、また諸都市の建設者としてポジティブに描写しており[51]、旧約聖書のギリシア語訳版(七十人訳聖書)では彼はギガース(巨人族)として言及され[51]、「ヤハウェの前に」を意味するヘブライ語の原文が「神に反する」と誤訳されている[51]。このために、ニムロドは偶像崇拝者の典型として描かれるようになった[51]。西1世紀頃、哲学者フィロンが彼の作品『Inquiries』で説明しているユダヤ教文学「ミドラーシュ」の初期の作品群では、ニムロドはバベルの塔の建造を唆しこの計画への参加を拒否したユダヤ人の族長アブラハムを迫害した[51]ヒッポのアウグスティヌスは彼の著作『神の国』において、「地上の被造物の詐欺師、圧制者、破壊者」としてニムロドに言及している[51]

近現代

カルフのニヌルタ神殿で発見された鷲頭人身の石製レリーフの傑作。19世紀にはこのような描写はニヌルタを表したものとして広まっていた。しかしこれは誤りである。さらに一般には「ニスロク」として知られていた。

16世紀、ニスロクは悪魔の1つと見られるようになった。オランダの悪魔学者ヨーハン・ヴァイヤーは彼の作品『悪魔の偽王国Pseudomonarchia Daemonum)』(1577年)の中で、ニスロクを地獄の「料理長(chief cook)」として記載している[52]。ニスロクはジョン・ミルトンの叙事詩『失楽園』(初版 1667年)の第6巻(Book VI)にサタンの悪魔たちの1人として登場している[53][54]。ニスロクは険しい顔つきで打ち金の鎧を身につけているとされ[53]、天使たちと悪魔たちの戦いは互角であるというサタンの主張に疑問を投げかけている。彼は、悪魔たちも苦難を感じており、それが士気を挫いてしまうだろうとしてサタンの意見に反対した[53]。ミルトンの研究者ロイ・フラナガン(Roy Flannagan)によれば、ミルトンはニスロクを臆病者として描こうとしたのかもしれないという。なぜならC・ステファヌス(C. Stephanus)のヘブライ語辞書を閲覧しており、そこでは「ニスロク」という名前は「飛ぶ」あるいは「弱さへの誘惑(Delicate Temptation[訳語疑問点])」と定義されているためである[53]

1840年代、イギリスの考古学者オースティン・ヘンリー・レヤードはカルフで翼を持った鷲頭人身の石製彫刻を数多く発掘した[6][8]。センナケリブ殺害の聖書の物語を連想したレヤードは、この像が「ニスロク」であると誤認した[6][8]。19世紀を通じて、大衆文学ではこれらの彫刻は「ニスロク」として認知され続けた[6][8]イーディス・ネズビットの1906年の児童小説『魔よけ物語 続・砂の妖精英語版』では幼い主人公たちが鷲頭の「ニスロク」を案内者として召喚する[6]。美術史に関わる現代の著作の中には、鷲頭人身像がニスロクであるという古い誤認を繰り返しているものがあり[8]、また、中近東の学者たちは現在、一般的に「グリフォンの悪魔」としてニスロクに言及している[8]

2016年、ISIL(イラク・レヴァントのイスラーム国)はこの地域を短期間占領し、その間にアッシュル・ナツィルパル2世が建てたカルフのニヌルタのジッグラトを破壊した[9]。この破壊は、イスラームの過激な解釈と合致しないとされたあらゆる古代の遺構を破壊するというISILの長年の方針に則ったものであった[9]American Society of Overseas Research英語版(ASOR、アメリカ海外研究協会)のCultural Heritage Initiatives(文化遺産イニシアチブ)の声明によれば、ISILは将来のプロパガンダと[9]、現地人の士気を挫くためにこの神殿の破壊したのかもしれない。

2020年3月、考古学者たちはギルスの遺跡で、5000年前の聖域が300点以上の儀式用の陶製カップ、ボウル、ビン、動物骨、ニンギルスに奉ずる儀式の行列で満たされているのを発見したと発表した。遺物の中の1つはナンシェ英語版神に捧げられたと考えられるアヒル型の青銅製の像であり、目は樹皮で作られていた[55][56]


注釈

  1. ^ アラム語: ܢܝܼܫܪܵܟ݂‎、ギリシア語: Νεσεραχラテン語: Nesrochヘブライ語: נִסְרֹךְ

出典

  1. ^ a b c オリエント事典, pp.383-384. 「ニヌルタ」の項目より。
  2. ^ a b A Day in the Life of God (Paperback bw 5th Ed). ISBN 9780615241944. https://books.google.com/books?id=isvD-OsZzgkC&q=kronos 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Black & Green 1992, p. 142.
  4. ^ a b c d Black & Green 1992, p. 138.
  5. ^ Petrovich 2013, p. 273.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb Robson 2015.
  7. ^ a b Penglase 1994, p. 42.
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r Black & Green 1992, p. 143.
  9. ^ a b c d Lewis 2016.
  10. ^ a b Penglase 1994, p. 43.
  11. ^ Black & Green 1992, pp. 142–143.
  12. ^ a b c d e f g h i j k van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 628.
  13. ^ Kasak & Veede 2001, pp. 25–26.
  14. ^ a b c d e Holland 2009, p. 117.
  15. ^ Penglase 1994, p. 100.
  16. ^ a b Black & Green 1992, p. 101.
  17. ^ a b c d Black & Green 1992, p. 39.
  18. ^ Jacobsen 1946, pp. 128–152.
  19. ^ Kramer 1961, pp. 44–45.
  20. ^ Black, Cunningham & Robson 2006, p. 106.
  21. ^ Black & Green 1992, p. 108.
  22. ^ Leick 1998, p. 88.
  23. ^ Penglase 1994, pp. 42–43.
  24. ^ a b Penglase 1994, p. 68.
  25. ^ Penglase 1994, p. 56.
  26. ^ a b c d Penglase 1994, p. 55.
  27. ^ a b c d e f g ズーの神話
  28. ^ a b ズーの神話」、解説より
  29. ^ Penglase 1994, p. 52.
  30. ^ a b c d Leick 1998, p. 10.
  31. ^ Penglase 1994, pp. 52–53.
  32. ^ Leick 1998, pp. 9–10.
  33. ^ Black & Green 1992, p. 173.
  34. ^ a b c d e Penglase 1994, p. 53.
  35. ^ Penglase 1994, p. 45.
  36. ^ Penglase 1994, pp. 53–54.
  37. ^ Penglase 1994, p. 54.
  38. ^ Penglase 1994, pp. 46, 54.
  39. ^ a b c d e f g Penglase 1994, p. 61.
  40. ^ a b c Black & Green 1992, p. 179.
  41. ^ Penglase 1994, pp. 43–44, 61.
  42. ^ Penglase 1994, pp. 52–53, 62.
  43. ^ a b Penglase 1994, p. 53, 63.
  44. ^ a b c d van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 627.
  45. ^ Black & Green 1992, pp. 138, 142.
  46. ^ Metzger & Coogan 1993, p. 218.
  47. ^ a b c d Wiseman 1979, p. 337.
  48. ^ a b c d Wildberger 2002, p. 405.
  49. ^ van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, pp. 627–629.
  50. ^ a b Gallagher 1999, p. 252.
  51. ^ a b c d e f van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 629.
  52. ^ Ripley & Dana 1883, pp. 794–795.
  53. ^ a b c d Milton & Flannagan 1998, p. 521.
  54. ^ Bunson 1996, p. 199.
  55. ^ March 2020, Owen Jarus-Live Science Contributor 30 (2020年3月30日). “Ancient cultic area for warrior-god uncovered in Iraq” (英語). livescience.com. 2020年8月31日閲覧。
  56. ^ Gavin (2020年4月11日). “Ancient cultic area for warrior-god uncovered in Iraq” (英語). Most Interesting Things. 2020年8月31日閲覧。






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