ニヌルタ 信仰

ニヌルタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/30 06:28 UTC 版)

信仰

グデアがニンギルス神に捧げた粘土板。「エンリル神の強き戦士、彼の主、ニンギルスへ、ラガシュエンシ英語版グデア。」
グデアの円筒英語版。前2125年頃。夢のお告げに従ったラガシュのグデア王がどのようにしてラガシュのニンギルス神殿を再建したのかを述べている。

ニヌルタは前3千年紀半ば頃には既にシュメル人によって崇拝されており[6]、メソポタミアにおいて最も古くから存在が確認されている神の一柱である[6][3]。信仰の中心はシュメルの都市国家ニップルのエ・シュメシャ(Eshumesha)神殿で[6][3][7]、農耕の神として、また、都市神エンリルの息子として信仰された[6][3][7]。元来は別々の神であったかもしれないが、歴史時代に入った後には既にシュメルの都市国家ギルス英語版で信仰されたニンギルス神は現地におけるニヌルタの形とされていた[3]。アッシリア学者ジェレミー・ブラックとアンソニー・グリーン(Anthony Green)によれば、ニヌルタとニンギルスの性格は「密接に絡み合っていた」[3]。都市国家ギルスの重要性が低下するにつれ、ニンギルスは「ニヌルタ」として認識される度合いを増し[4]、主としてその好戦性と戦争にまつわる性質によって特徴づけられるようになっていった。

後の時代にはニヌルタは荒々しい戦士という評価によってアッシリア人から大きな人気を集めた[6][8]。前2千年紀末にはトゥクルティ・ニヌルタ(ニヌルタに信頼される者)、ニヌルタ・アピル・エクル(ニヌルタは[エンリルの神殿]エ・クルの後継者なり)、ニヌルタ・トゥクルティ・アッシュル(ニヌルタはアッシュル神の信頼する者なり)のように[6]、アッシリア王たちは頻繁にニヌルタを王名の一部とした[6]トゥクルティ・ニヌルタ1世(在位:前1243年-前1207年)はある碑文で、彼が「余を寵愛されるニヌルタ神の命令の下で」狩猟を行ったと宣言している[6]。同様にアダド・ニラリ2世(在位:前911年-前891年)はニヌルタとアッシュルが彼の統治を後援していると主張し[6]、彼の統治権の道徳的正当性によりニヌルタとアッシュルの敵を打倒したと宣言している[6]。前9世紀、アッシュル・ナツィルパル2世(在位:前883年-前859年)はアッシリア帝国の首都をカルフへと遷した[6]。そこで彼が最初に建てた神殿はニヌルタに捧げられたものであった[6][9][8][10]

アッシリア帝国におけるニヌルタ信仰の中心であったカルフ市の1853年の復元図。イギリス人考古学者オースティン・ヘンリー・レヤードによる1840年代の発掘成果に基づいて、当時の景観を復元したもの。

カルフのニヌルタ神殿の壁は、アンズー鳥を屠るニヌルタなどの浮彫彫刻で装飾されていた。アッシュル・ナツィルパル2世の息子、シャルマネセル3世(在位:前859年-前824年)は、カルフでニヌルタのジッグラトを完成させ、自身の石製浮彫をニヌルタ神に捧げた[6]。この浮彫でシャルマネセル3世は自身の軍事的偉業を誇り[6]、彼の勝利の全てはニヌルタ神に帰すものであり、その助けなくしては何事も成し得なかったと宣言している[6]アダド・ニラリ3世(在位:前811年-前783年)の時、アッシュル市のアッシュル神殿に新たな寄進物が納められ、それらはアッシュル神とニヌルタ神の印章で封印された[6]

アッシリアの首都がカルフから他へ遷された後、パンテオンにおけるニヌルタの重要性は低下し始めた[6]サルゴン2世はニヌルタ以上に書記の神ナブー神を好んだ[6]。にもかかわらず、ニヌルタはなお重要な神の1柱であり続けた[6]。アッシリアの王たちがカルフを去った後でも、旧都の住民たちはニヌルタを崇拝し続け[6]、この神を「カルフに住まうニヌルタ」と呼んだ[6]。カルフで発見された法的文書には、宣誓違反者は「2ミナの銀と1ミナの金をカルフに住まうニヌルタの膝の上に置く」ことを要求されたと記されている[6]。この条文の確実な最後の例はアッシリア王エサルハドン(在位:前681年-前669年)の治世最後の年である前669年のものである[6]。カルフのニヌルタ神殿はアッシリア帝国の終焉まで繁栄しており[6]、困窮した人々を雇用していた[6]。宗教的儀式を主催するのはシャング(šangû)と呼ばれる神官兼歌謡長(priest and a chief singer[訳語疑問点])であり、料理人、執事、荷運夫(porter)が彼を補佐した[6]。前7世紀後半になるとニヌルタ神殿のスタッフはボルシッパのナブー神殿のスタッフと共に法的文書には見えなくなる[6]。この2つの神殿はケプ(qēpu)と呼ばれる官吏を共有していた[6]


注釈

  1. ^ アラム語: ܢܝܼܫܪܵܟ݂‎、ギリシア語: Νεσεραχラテン語: Nesrochヘブライ語: נִסְרֹךְ

出典

  1. ^ a b c オリエント事典, pp.383-384. 「ニヌルタ」の項目より。
  2. ^ a b A Day in the Life of God (Paperback bw 5th Ed). ISBN 9780615241944. https://books.google.com/books?id=isvD-OsZzgkC&q=kronos 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Black & Green 1992, p. 142.
  4. ^ a b c d Black & Green 1992, p. 138.
  5. ^ Petrovich 2013, p. 273.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb Robson 2015.
  7. ^ a b Penglase 1994, p. 42.
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r Black & Green 1992, p. 143.
  9. ^ a b c d Lewis 2016.
  10. ^ a b Penglase 1994, p. 43.
  11. ^ Black & Green 1992, pp. 142–143.
  12. ^ a b c d e f g h i j k van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 628.
  13. ^ Kasak & Veede 2001, pp. 25–26.
  14. ^ a b c d e Holland 2009, p. 117.
  15. ^ Penglase 1994, p. 100.
  16. ^ a b Black & Green 1992, p. 101.
  17. ^ a b c d Black & Green 1992, p. 39.
  18. ^ Jacobsen 1946, pp. 128–152.
  19. ^ Kramer 1961, pp. 44–45.
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  22. ^ Leick 1998, p. 88.
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  26. ^ a b c d Penglase 1994, p. 55.
  27. ^ a b c d e f g ズーの神話
  28. ^ a b ズーの神話」、解説より
  29. ^ Penglase 1994, p. 52.
  30. ^ a b c d Leick 1998, p. 10.
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  39. ^ a b c d e f g Penglase 1994, p. 61.
  40. ^ a b c Black & Green 1992, p. 179.
  41. ^ Penglase 1994, pp. 43–44, 61.
  42. ^ Penglase 1994, pp. 52–53, 62.
  43. ^ a b Penglase 1994, p. 53, 63.
  44. ^ a b c d van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 627.
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  49. ^ van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, pp. 627–629.
  50. ^ a b Gallagher 1999, p. 252.
  51. ^ a b c d e f van der Toorn, Becking & van der Horst 1999, p. 629.
  52. ^ Ripley & Dana 1883, pp. 794–795.
  53. ^ a b c d Milton & Flannagan 1998, p. 521.
  54. ^ Bunson 1996, p. 199.
  55. ^ March 2020, Owen Jarus-Live Science Contributor 30 (2020年3月30日). “Ancient cultic area for warrior-god uncovered in Iraq” (英語). livescience.com. 2020年8月31日閲覧。
  56. ^ Gavin (2020年4月11日). “Ancient cultic area for warrior-god uncovered in Iraq” (英語). Most Interesting Things. 2020年8月31日閲覧。






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