ケイリー・ハミルトンの定理 ケイリー・ハミルトンの定理の概要

ケイリー・ハミルトンの定理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/06 03:26 UTC 版)

王立協会フェローアーサー・ケイリー (1821-1895) は19世紀のブリテンを代表する純粋数学者として広く知られている。ケイリーは1848年にダブリンに赴き、ハミルトンから発見者直々に四元数の講義を受けている。のちにケイリーは、四元数に関する成果を出版する2番目となることによりハミルトンに印象付けた[1]。 ケイリーは 3次以下の行列に対して定理を証明したが、2次の場合に対してだけ証明を発表した[2][3]。一般の n次の場合についてケイリーは「……、任意次数の行列という一般の場合に定理をきちんと証明する労を引き受ける必要を覚えない。」と述べている。
アイルランドの物理学・天文学・数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトン (1805-1865) は米国科学アカデミー初の外国人会員である。幾何学をいかにして研究すべきかについては対立する位置に立ちながらも、ハミルトンは常にケイリーと最良の関係を留めていた[1]。 ハミルトンは四元数に関する線型函数に対して、それ自身が満足するある種の方程式の存在を証明した[4][5][6]

n次正方行列 A に対して、Inn単位行列とすると、A固有多項式

で定義される[8]。ここで det行列式を表し、λ は係数環の元(スカラー)である。引数の行列は各成分が λ1次式以下の多項式(1次式または定数)だから、その行列式も λnモニック多項式になる。ケイリー・ハミルトンの定理の主張は、固有多項式を行列多項式と見れば A零点であること、すなわち上記の λ を行列 A で置き換えた計算結果が零行列であること、すなわち の成立を述べるものである。

置き換えにおいて、λ の冪は、A の、行列の積による冪に置き換わるから、特に p(λ) の定数項は A0 すなわち単位行列の定数倍に置き換わる。

定理により、特に An は、より低次の A の多項式で表されることが分かる。係数環が英語版のとき、ケイリー・ハミルトンの定理は「任意の正方行列 A最小多項式A の固有多項式を整除する(割り切る)」という主張に同値である。

この定理は1853年にハミルトンが初めて証明した[9](それは「非可換」環である四元数を変数とする一次函数の逆を用いたものであった[4][5][6])。これは一般の定理において、実4次または複素2次という特別の場合に当たるものである。

ケイリー・ハミルトンの定理は、四元数係数の行列に対しても成立する[10][注 1]

1858年にケイリーは 3次およびそれより小さい行列に関して定理を述べているが、証明は 2次の場合のみを著している[2]。一般の場合が初めて証明されたのは1878年でフロベニウスによる[13]


注釈

  1. ^ 四元数の乗法およびそれを用いた任意の構成(この文脈では特に行列式が顕著)には非可換性がかかわってくるから、十分に定義を検討する必要がある。分解型四元数に対するケイリー・ハミルトンの定理も(やや素性はよくない英語版が)同様に成立する[11]。四元数の場合も分解型四元数の場合も、ある種の複素2次行列として表すことができる(ノルム 1 に制限すれば、これらの乗法の定める作用はそれぞれ特殊ユニタリ群 SU(2) および SU(1, 1) である)から、これらに対して定理が成り立つことは驚くことではない。そのような行列表現のできない八元数(八元数の乗法は非結合的であるから行列の積で表現することは不合理)でさえ、それでも修正版のケイリー・ハミルトンの定理が満足される[12]
  2. ^ 「天然(の)」という意味ではなく、permutation(置換)と determinant(行列式)を合成したカバン語のモジり。直訳的に合成すれば「置換式」。(テンソルの交代積に対する対称積のように、置換の符号を掛ける部分を取り除いて)行列式の反対称性を対称性で置き換えた対応物なので「対称的行列式」のように呼べるかもしれない。
  3. ^ これら係数の陽な表示は
    で与えられる。ただし、和は n
    l=1
    l⋅kl = ni
    を満たす分割 {kl ≥ 0} 全体の成す集合上を亙る
  4. ^ 例えば(ヤコビの公式を解いている)(Brown 1994, p. 54) などを見よ:
    ただし B後で述べる随伴行列である。これと同値な、再帰的に関係したアルゴリズムをユルバン・ルヴェリエドミトリー・ファデーエフ英語版が導入した。そのファデーエフ–ルヴェリエアルゴリズム英語版からは
    が導かれる(例えば Gantmacher 1960, p. 88 を見よ)。 が再帰の終端となる。あとで述べる代数的証明では、件の随伴行列 BkMn−k の満たす性質に依拠している。具体的には および上記の p の微分を追跡すれば を得[16]、上記の再帰手続きが順に繰り返される。
  5. ^ a b c d (佐武 1958, p. 137, 注意)によれば、「行列係数の多項式に関して乗法の交換の法則は一般には成立しないが、それ以外(加減乗の演算に関する限り)通常の多項式と全く同様に取り扱うことができる.また行列係数の多項式の間の等式には,それら係数行列のすべてと交換可能な行列を代入することができる.(係数行列と非可換な行列は代入することができない.)行列係数の多項式に関して整除の問題は複雑である」とある。
  6. ^ 行列式は行列の成分たちの積和であることを思い出そう。したがって、R 上の行列を成分に持つ行列の行列式はそれ自体が R 上の一つの行列である(係数環 R の元ではない)。つまり、区分行列の各ブロックをそれ自体一つの行列と見て、区分行列を行列の行列と考えるなら、その行列式はブロックたちの積和の形をしていなければならない。その一方、R上の区分行列の成分は(ブロックではなくその中の)係数環 R の元自体であり、したがって区分行列の行列式はそれ自身もまた R の元であって、両者の概念は一般には一致しない。

出典

  1. ^ a b Crilly 1998.
  2. ^ a b Cayley 1858, pp. 17–37.
  3. ^ Cayley 1889, pp. 475–496.
  4. ^ a b Hamilton 1864a.
  5. ^ a b Hamilton 1864b.
  6. ^ a b Hamilton 1862.
  7. ^ Eisenbud 1995, p. 120, Theorem 4.3 (Cayley-Hamilton).
  8. ^ Atiyah & MacDonald 1969.
  9. ^ Hamilton 1853, p. 562.
  10. ^ Zhang 1997.
  11. ^ Alagös, Oral & Yüce 2012.
  12. ^ Tian 2000.
  13. ^ a b Frobenius 1878.
  14. ^ Garrett 2007, p. 381.
  15. ^ 佐武 1958, p. 137, 注—「なお fA(A) = |AE − A| = 0 で証明終!と早合点してはいけない.」
  16. ^ Hou 1998.
  17. ^ Zeni & Rodrigues 1992.
  18. ^ Barut, Zeni & Laufer 1994a.
  19. ^ Barut, Zeni & Laufer 1994b.
  20. ^ Laufer 1997.
  21. ^ Curtright, Fairlie & Zachos 2014.
  22. ^ Stein, William (PDF). Algebraic Number Theory, a Computational Approach. p. 29. http://wstein.org/books/ant/ant.pdf 
  23. ^ 斎藤正彦『線型代数演習』東京大学出版会〈基礎数学4〉、1985年3月25日、27,88頁。ISBN 978-4130620253 
  24. ^ a b 斎藤正彦『線型代数入門』東京大学出版会〈基礎数学1〉、1966年3月31日。ISBN 978-4130620017 


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