否定的党派性
(negative partisanship から転送)
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否定的党派性(ひていてきとうはせい、英: negative partisanship )とは、有権者が自身の支持する政党への肯定的な感情や帰属意識よりも、対立する特定の政党や政治家に対する強い嫌悪感、敵意、または恐怖を基盤として、自身の政治的態度や投票行動を決定する状態を指す[1]。
従来の政治学において党派性は主に「自党への肯定的な心理的愛着」として捉えられてきたが、心理学の知見を交えたアプローチでは、否定的党派性は単なる肯定的な愛着の裏返しではなく、別個の心理的メカニズムとして機能することが指摘されている[2]。具体的には、自党やその候補者に対する好意よりも、対立政党に対する恐怖や嫌悪感のほうが、結果的に自党への一貫した投票や強い党派的忠誠心を維持させる主要な動機として作用するという特徴がある[3]。
党派性の概念と構造
政治学および政治心理学において、党派性とは有権者の政党に対する心理的または行動的な傾向性を指す[4]。この概念は多次元的な性質を持つため、有権者の情報処理の枠組みである認知スキーマとして捉えるアプローチや、特定の集団への所属意識である社会的アイデンティティとして捉えるアプローチなど、複数の視点から測定と概念化が試みられてきた[5]。
党派性の内部構造については、主体と客体という自己の認識の違いに基づく二重構造モデルが提起されている。具体的には、有権者が認識の主体として特定の政党をどう評価するかで種別する「政党評価(政党に対する態度)」の側面と、自身を特定の党派に属する集団との間でどう位置づけるかという「党派集団アイデンティティ(党派集団の一員としての自己定義)」の2つの構成概念から成る[6]。
党派性は、有権者が向ける感情の方向性に基づき「肯定的党派性」と「否定的党派性」にさらに分類される。「政党評価」における否定的党派性は、認識の主体が対立する政党やその候補者に対して嫌悪感や敵意、恐怖心を抱いている状態を指す[1]。「党派集団アイデンティティ」においては、肯定的党派性が内集団すなわち「私たち(Us)への帰属意識や心理的愛着」を基盤として機能するのに対し、否定的党派性は外集団すなわち「彼ら(Them)の集団には属さない、または対抗する」という拒絶を通じた自己定義が基盤となる[7]。
このように、否定的党派性は「政党に対する態度」と「集団へのアイデンティティ」という既存の党派性の枠組みを維持しながら、その内実は「自党への愛着」から「他党への拒絶」へと反転させた概念として定義される。そして、この心理的メカニズムは、肯定的党派性と不可分の概念ではなく、それ自体が有権者の強い党派的行動を引き起こす独立した変数として機能している[8]。
投票及び政治的行動への影響
否定的党派性が有権者の意思決定に与える影響の特徴は、自党への肯定的な評価よりも投票行動を強力に規定する点にある。米国の選挙データを用いた分析では、有権者が自身が支持する政党の候補者に対して不満や懸念を抱いている場合であっても、対立政党の候補者に対する恐怖心や嫌悪感が、結果として自党候補者への投票を促す主要な要因として機能したことが示されている[3]。統計的にも、支持する党の候補者をどう評価するかという指標に比べて、対立政党の候補者をどう評価するかという指標は、有権者の党派的な投票行動(一貫した投票)を予測する上で2倍の重要性を持つことが確認されている[3]。
否定的党派性に動機づけられた行動は、強い党派性を持つ有権者だけでなく、政党への帰属意識が弱い支持者や無党派層の間でも同様に確認されている[9]。2020年アメリカ大統領選挙に関する調査では、「支持する候補への票(賛成票)」よりも「他の候補に対する反対票」として投票した有権者の割合は、党派性の程度によって異なることが確認されている。強い党派心を持つ層の反対票の割合が15%にとどまったのに対して、弱い党派心を持つ層では37%に達し、無党派層では50%を超えていた[10]。これは、党派心の強い支持層においては、他党への嫌悪が自党への党派性的忠誠心を強化する形で間接的に作用するのに対し、支持候補や政党に対する愛着が弱いか存在しない層においては、否定的党派性が「純粋な反対票」や棄権として直接的に行動を決定付ける要因となっているためである[11]。
脚注
出典
- ^ a b 菊池 (2022), p. 4.
- ^ Medeiros & Noël (2014), pp. 7–8.
- ^ a b c Abramowitz & Webster (2018), p. 132.
- ^ 三村 (2020), p. 104.
- ^ 三村 (2020), pp. 104–103.
- ^ 三村 (2020), pp. 103–102.
- ^ Areal (2022), p. 1.
- ^ Medeiros & Noël (2014), pp. 2.
- ^ Abramowitz & Webster (2016), pp. 12–13.
- ^ Garzia & Ferreira da Silva (2022), p. 305.
- ^ Garzia & Ferreira da Silva (2022), p. 309.
参考文献
- Medeiros, Mike; Noël, Alain (2014). “The Forgotten Side of Partisanship: Negative Party Identification in Four Anglo-American Democracies”. Comparative Political Studies 47 (7): 1022-1046. doi:10.1177/0010414013488560.
- Abramowitz, Alan I.; Webster, Steven (2016). “The rise of negative partisanship and the nationalization of U.S. elections in the 21st century”. Electoral Studies 41: 12-22. doi:10.1016/j.electstud.2015.11.001.
- Abramowitz, Alan I.; Webster, Steven W. (2018). “Negative Partisanship: Why Americans Dislike Parties But Behave Like Rabid Partisans”. Political Psychology 39 (S1): 119-135. doi:10.1111/pops.12479.
- 菊池, 啓一 (2022年11月17日). “否定的党派性と2022年ブラジル大統領選”. IDEスクエア -- 世界を見る眼. 日本貿易振興機構アジア経済研究所. pp. 1-12. doi:10.20561/00053524. 2026年4月1日閲覧。
- 三村, 憲弘 (2020). “党派性の二重構造:日米同時測定モデルによる検証”. 武蔵野法学 13: 104(47)-84(67).
- Areal, João (2022). “'Them' without 'us': negative identities and affective polarization in Brazil”. Political Research Exchange 4 (1): 1-25. doi:10.1080/2474736X.2022.2117635.
- Garzia, Diego; Ferreira da Silva, Frederico (2022). “The Electoral Consequences of Affective Polarization? Negative Voting in the 2020 US Presidential Election”. American Politics Research 50 (3): 303-311. doi:10.1177/1532673X221074633.
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