スティーヴ・リリーホワイトとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > スティーヴ・リリーホワイトの意味・解説 

スティーヴ・リリーホワイト

(Steve Lillywhite から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/14 14:55 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
スティーヴ・リリーホワイト
Steve Lillywhite
基本情報
出生名 Stephen Lillywhite
生誕 (1955-03-15) 1955年3月15日(65歳)
出身地 イングランドサリー、エガム
ジャンル ロックニュー・ウェイヴ
職業 音楽プロデューサー
活動期間 1977年 -

スティーヴン・リリーホワイト(Stephen Lillywhite, CBE1955年3月15日 - )は、イギリス音楽プロデューサー1977年の活動開始以来、これまでにグラミー賞を5度受賞[1]、500以上の作品に携わり[2]2012年には大英帝国勲章を受勲するなど、プロデューサーとして輝かしい実績をもつ。

来歴

1972年からポリグラムでテープ・オペレーターとして働き始める。ウルトラヴォックスデモ音源をプロデュースしたことをきっかけに、ウルトラヴォックスが所属していたアイランド・レコードと契約しプロデューサーとしての活動を開始した。ニューヨーク・ドールズを始めとするニュー・ウェイヴ系のアーティストのプロデュースを務めるようになり、1978年に自身がプロデュースしたスージー・アンド・ザ・バンシーズのシングル「Hong Kong Garden」がヒット。

1980年代に入りピーター・ガブリエルU2シンプル・マインズビッグ・カントリーXTCトーキング・ヘッズモリッシーローリング・ストーンズといった様々な有名アーティストの作品を手がけるようになり、その名を知られるようになる。1990年代からもモリッシーの作品に携わり、ラーズトラヴィスフィッシュ、デイヴ・マシューズ・バンドなどといったアーティストの作品のプロデュースを務めた。2000年代に入りデイヴ・マシューズ・バンドとは制作上の方向性の違いから袂を分かつが、レイザーライトMGMTマッチボックス・トゥエンティサーティー・セカンズ・トゥー・マーズなどの作品に参加した。2019年には日本のバンドとしては初となるLUNA SEAの作品を手がけた。

出典

  1. ^ Past Winners”. Grammy.com. 2015年3月7日閲覧。
  2. ^ Steve Lillywhite Discography at Discogs”. Discogs.com. 2012年9月9日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「スティーヴ・リリーホワイト」の関連用語

スティーヴ・リリーホワイトのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



スティーヴ・リリーホワイトのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのスティーヴ・リリーホワイト (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS